24.世界ⅰ分かれ道
文字数 1,254文字
「五十嵐さんってさ、本気で記憶ないんだと思う?」
「ちょっとミステリアスな雰囲気あるよな」
「家出少女とかだったのかな?」
「てことは、経験済み?」
「オイ」
音量を落とし始めた友人たちの間に、下世話な話題を扱う時特有の雰囲気が漂い始める。
裕貴は不機嫌な声でその会話を中断させた。
昼休み。
クラスメート達と漫画の回し読みをしながら、雑談しているところだった。数名の女子達と共に廊下を通り過ぎていった侑子を目にした一人が、ふいに彼女のことを話題にし始めたのだった。
「裕貴、仲いいじゃん。詳しいこと聞いてないの」
質問してくる友人に、あからさまな溜息をついて見せる。
「去年ちゃんと本人が説明してたじゃないか。やめろよそういう話」
「何だよ、ノリ悪いな」
つまらなそうに返した友人は、それでも悪びれるそぶりはない。
話題は別の女子へと移っていく。侑子だけを掘り下げるつもりは当初からなかったのだろう。
裕貴は友人たちの笑い声を聞きながら、譜面を取り出して眺めだした。
先週配られたばかりの新しい曲だった。侑子から渡されたその譜は手書きで、既存の曲ではないようだった。彼女が書いたのかと驚いたが、どうやらそうではないらしい。
『友達が作った曲なの。私にも歌ってみないかって楽譜を送ってくれて。とっても良い曲だから皆でできないかなと思ったんだけど』
バンドスコアを確認した佐藤が「やってみるか」と頷いて、入ったばかりの一年生を含め全員にパート別の譜面も一緒に配られた。
週末ずっと練習していたのだ。今日は侑子の歌と合わせてみることになっている。
「早く放課後にならねえかな」
裕貴は呟いた。待ち遠しくて、午後の授業が気だるかった。
***
歩きながら歌を口ずさむのは、侑子の癖なのだろうか。
裕貴は今日も、隣を歩く彼女のつぶやくような歌声に、耳を傾けていた。
下校時に侑子と二人で歩くことが、学年が上がってから増えていた。
それまで必ず侑子と一緒だった愛佳が、三年の鈴木竜介と二人で下校するようになったからである。
「今日は寄ってく?」
きりの良いフレーズまで歌いきるのを待ってから、裕貴は訊ねた。ちょうど侑子の家へ向かう道と、自宅への道へと分かれる交差点に差し掛かるところだった。
「いいの? 今日はゲンさんに返すCD持ってきてないんだけど」
「別に構わないよ」
やや食い気味になってしまった。
祖父へのCD返却を目的にしなくても、侑子であればいつでも来てもらって全く構わないのだ。別れがたいと思う気持ちが全面に出てしまって、流石に裕貴は恥ずかしくなった。
しかし侑子はちっとも気にしていないようだった。
そんな素振りに少々面くらい、そして僅かに落胆するような気持ちを味わった裕貴は、重ねて提案した。
「……それかこのまま河原に行って歌う?」
「ああ、それいいね。実はちょっと歌い足りなかったんだ」
「よし」
交差点で止まっていた裕貴の足は、信号が変わってすぐに勢いづいた。
並んだ二人の足は分かれることなく、同じ方向へ向かって進んでいった。
「ちょっとミステリアスな雰囲気あるよな」
「家出少女とかだったのかな?」
「てことは、経験済み?」
「オイ」
音量を落とし始めた友人たちの間に、下世話な話題を扱う時特有の雰囲気が漂い始める。
裕貴は不機嫌な声でその会話を中断させた。
昼休み。
クラスメート達と漫画の回し読みをしながら、雑談しているところだった。数名の女子達と共に廊下を通り過ぎていった侑子を目にした一人が、ふいに彼女のことを話題にし始めたのだった。
「裕貴、仲いいじゃん。詳しいこと聞いてないの」
質問してくる友人に、あからさまな溜息をついて見せる。
「去年ちゃんと本人が説明してたじゃないか。やめろよそういう話」
「何だよ、ノリ悪いな」
つまらなそうに返した友人は、それでも悪びれるそぶりはない。
話題は別の女子へと移っていく。侑子だけを掘り下げるつもりは当初からなかったのだろう。
裕貴は友人たちの笑い声を聞きながら、譜面を取り出して眺めだした。
先週配られたばかりの新しい曲だった。侑子から渡されたその譜は手書きで、既存の曲ではないようだった。彼女が書いたのかと驚いたが、どうやらそうではないらしい。
『友達が作った曲なの。私にも歌ってみないかって楽譜を送ってくれて。とっても良い曲だから皆でできないかなと思ったんだけど』
バンドスコアを確認した佐藤が「やってみるか」と頷いて、入ったばかりの一年生を含め全員にパート別の譜面も一緒に配られた。
週末ずっと練習していたのだ。今日は侑子の歌と合わせてみることになっている。
「早く放課後にならねえかな」
裕貴は呟いた。待ち遠しくて、午後の授業が気だるかった。
***
歩きながら歌を口ずさむのは、侑子の癖なのだろうか。
裕貴は今日も、隣を歩く彼女のつぶやくような歌声に、耳を傾けていた。
下校時に侑子と二人で歩くことが、学年が上がってから増えていた。
それまで必ず侑子と一緒だった愛佳が、三年の鈴木竜介と二人で下校するようになったからである。
「今日は寄ってく?」
きりの良いフレーズまで歌いきるのを待ってから、裕貴は訊ねた。ちょうど侑子の家へ向かう道と、自宅への道へと分かれる交差点に差し掛かるところだった。
「いいの? 今日はゲンさんに返すCD持ってきてないんだけど」
「別に構わないよ」
やや食い気味になってしまった。
祖父へのCD返却を目的にしなくても、侑子であればいつでも来てもらって全く構わないのだ。別れがたいと思う気持ちが全面に出てしまって、流石に裕貴は恥ずかしくなった。
しかし侑子はちっとも気にしていないようだった。
そんな素振りに少々面くらい、そして僅かに落胆するような気持ちを味わった裕貴は、重ねて提案した。
「……それかこのまま河原に行って歌う?」
「ああ、それいいね。実はちょっと歌い足りなかったんだ」
「よし」
交差点で止まっていた裕貴の足は、信号が変わってすぐに勢いづいた。
並んだ二人の足は分かれることなく、同じ方向へ向かって進んでいった。