98.確信
文字数 2,071文字
「もっと悲壮感漂っているのかと思ったけれど、予想外ね」
球体ロボットに導かれた侑子が入ったのは、巨大なモニター画面が壁の一面を覆った部屋だった。
そこにはシグラと紡久の姿があり、二人はお互い離れた位置に椅子に座っていた。
部屋にはもう一脚、誰も座る者のいない椅子があり、その場所にある家具は全部でそれだけだった。
「これはあなたの分の席よ」
促されて着席した侑子の顔を見て、紡久は微かに頷いた。
「大丈夫?」
「紡久くんは?」
「昨日、ブンノウからとんでもない話を聞いたよ」
「私も」
「ユウキくんは?」
「ついさっきまで一緒だったけど、別の場所に行ったの。けど、大丈夫。すぐにまた会えるよ」
「本当に予想外ね。なぜ笑っていられるの?」
侑子を訝しげに見つめながら、シグラは椅子から立ち上がり、彼女の側までやってきた。
「覆すから」
シグラを見据える焦げ茶の瞳は、まっすぐなまま、少しも振れなかった。
「あなたたちの思い描く未来は、やってこない」
緋色の瞳も揺れなかったが、眉が僅かに上がったことが侑子からも見て取れた。
「どこから涌いてくる自信なのか分からないけれど、まぁいいわ。私の方も、あなたに話しておくことがある」
立ち上がり、腰に手をあてたシグラが放った次の言葉で、侑子は流石に驚くことになった。
「教えてあげる。兵器の停止方法――――ブンノウの計画を無に帰す方法を」
***
「なぜこんなことを教えたの?」
「面白い。ツムグと全く同じ反応するのね」
「だって、どうして」
シグラの短い説明が終わった時、侑子は椅子から立ち上がっていた。
驚きを隠さないその顔は、赤く上気している。
今度は先程とは反対に、シグラが薄く微笑んでいた。
「どうして……その説明は、後でツムグから聞いてもらえる? またそこの話をするの、面倒だから」
侑子は口をつぐんで、そして声に出さずに頭の中である歌を歌った。
それはたった今、目の前の燃えるような赤髪の女の口から奏でられた旋律である。侑子にとって、聞き馴染んだものだった。
――この歌
シグラはこの歌を、『鍵』と呼んだ。
『この歌が兵器の機能を全てロックするための、鍵』
――夢の中で歌ったのだから、ユウキちゃんは既にこの歌を知っている。けれど……
一抹の不安が過る。今しがた聞いた、兵器の停止方法を反芻した。
――私は夢の中で……ユウキちゃんの声で歌ってって言ってしまった
いや、大丈夫だ。侑子は不安を追いやった。先程交わした、ユウキとの会話を思い出す。流れに身を任せるのだ。
その時、はぁ、と短い吐息の音が耳に入った。シグラが大きなモニターに身体を向けていた。
「もうすぐここに、あなたの恋人の姿が映るはず」
紡久と侑子が同じ方向を見たのを確認してから、シグラは続けた。
「ブンノウはあなたに見届けさせるつもりなの。あの二体の兵器による、一番最初の処刑を」
「ユウキちゃんを殺すつもりなんだ」
「あら、動揺してない。とても意外な反応ね」
侑子はシグラを睨んだが、すぐに表情を消してモニターに向き直った。
「あの半魚人が、ユウキちゃんをね……」
言いながら侑子は、不思議と確信を得ていった。
――あの二体がユウキちゃんを殺せるはずがない
ついさっきのユウキの自信に溢れた笑顔が浮かんで、自分もそれに近い表情をしていることに気がつく。映像の流れていない黒いモニターは、まるで巨大な一面鏡のように侑子の姿を映していた。
「……処刑が行われる直前に、彼に歌ってもらう。彼にしか出来ない方法を使って」
朗らかな顔の侑子を相変わらず訝しむシグラの説明の続きを、紡久が引き継いだ。
「ユウキくんは、ブンノウと喋ったことがないんだよね。それと兵器の緊急停止の方法も知らない。ユウキくんにそれを伝えるために、今ザゼルがヤヒコくん達に協力を頼みに行ってるんだよ」
「ザゼルが?」
「彼のことも後で話すよ。ザゼルはね、ユーコちゃんのあみぐるみと一緒に向こうへ投降って形で向かったんだ。小さなクマのあみぐるみ、あったでしょう。ユーコちゃんが上着の内ポケットにいつも入れていた」
ああ、と侑子は元々ユウキのものだったジャケットのポケットを探った。夢の中でもそうだったが、やはりそこに刺繍糸で編んだ小さなクマは不在だった。
「兵器に魔法をかけた時、無意識だったでしょう。一緒に同じ魔法が、あの白クマにもかかったのよ」
シグラの説明に、侑子は合点がいったと頷いた。
「私と紡久くんがやっていたのと同じ方法で、ユウキちゃんに伝えるってこと? あみぐるみと機械なら、見えない壁を通過できる」
「あみぐるみもレコーダーも、どちらもブンノウの視界に入ることさえなければ、気づかれる心配がないんだって」
紡久は説明した。
録音した音声を届けるのであれば、案内用の球体ロボットにも同じ仕事ができるであろう。しかし球体ロボットはじめ、この研究施設で働くロボット達は、どれもブンノウが作ったものだ。彼の監視下にないとは言い切れない。
「きっと……うまくいく」
侑子が呟いたのと、モニターが明るくなったのは同時だった。
球体ロボットに導かれた侑子が入ったのは、巨大なモニター画面が壁の一面を覆った部屋だった。
そこにはシグラと紡久の姿があり、二人はお互い離れた位置に椅子に座っていた。
部屋にはもう一脚、誰も座る者のいない椅子があり、その場所にある家具は全部でそれだけだった。
「これはあなたの分の席よ」
促されて着席した侑子の顔を見て、紡久は微かに頷いた。
「大丈夫?」
「紡久くんは?」
「昨日、ブンノウからとんでもない話を聞いたよ」
「私も」
「ユウキくんは?」
「ついさっきまで一緒だったけど、別の場所に行ったの。けど、大丈夫。すぐにまた会えるよ」
「本当に予想外ね。なぜ笑っていられるの?」
侑子を訝しげに見つめながら、シグラは椅子から立ち上がり、彼女の側までやってきた。
「覆すから」
シグラを見据える焦げ茶の瞳は、まっすぐなまま、少しも振れなかった。
「あなたたちの思い描く未来は、やってこない」
緋色の瞳も揺れなかったが、眉が僅かに上がったことが侑子からも見て取れた。
「どこから涌いてくる自信なのか分からないけれど、まぁいいわ。私の方も、あなたに話しておくことがある」
立ち上がり、腰に手をあてたシグラが放った次の言葉で、侑子は流石に驚くことになった。
「教えてあげる。兵器の停止方法――――ブンノウの計画を無に帰す方法を」
***
「なぜこんなことを教えたの?」
「面白い。ツムグと全く同じ反応するのね」
「だって、どうして」
シグラの短い説明が終わった時、侑子は椅子から立ち上がっていた。
驚きを隠さないその顔は、赤く上気している。
今度は先程とは反対に、シグラが薄く微笑んでいた。
「どうして……その説明は、後でツムグから聞いてもらえる? またそこの話をするの、面倒だから」
侑子は口をつぐんで、そして声に出さずに頭の中である歌を歌った。
それはたった今、目の前の燃えるような赤髪の女の口から奏でられた旋律である。侑子にとって、聞き馴染んだものだった。
――この歌
シグラはこの歌を、『鍵』と呼んだ。
『この歌が兵器の機能を全てロックするための、鍵』
――夢の中で歌ったのだから、ユウキちゃんは既にこの歌を知っている。けれど……
一抹の不安が過る。今しがた聞いた、兵器の停止方法を反芻した。
――私は夢の中で……ユウキちゃんの声で歌ってって言ってしまった
いや、大丈夫だ。侑子は不安を追いやった。先程交わした、ユウキとの会話を思い出す。流れに身を任せるのだ。
その時、はぁ、と短い吐息の音が耳に入った。シグラが大きなモニターに身体を向けていた。
「もうすぐここに、あなたの恋人の姿が映るはず」
紡久と侑子が同じ方向を見たのを確認してから、シグラは続けた。
「ブンノウはあなたに見届けさせるつもりなの。あの二体の兵器による、一番最初の処刑を」
「ユウキちゃんを殺すつもりなんだ」
「あら、動揺してない。とても意外な反応ね」
侑子はシグラを睨んだが、すぐに表情を消してモニターに向き直った。
「あの半魚人が、ユウキちゃんをね……」
言いながら侑子は、不思議と確信を得ていった。
――あの二体がユウキちゃんを殺せるはずがない
ついさっきのユウキの自信に溢れた笑顔が浮かんで、自分もそれに近い表情をしていることに気がつく。映像の流れていない黒いモニターは、まるで巨大な一面鏡のように侑子の姿を映していた。
「……処刑が行われる直前に、彼に歌ってもらう。彼にしか出来ない方法を使って」
朗らかな顔の侑子を相変わらず訝しむシグラの説明の続きを、紡久が引き継いだ。
「ユウキくんは、ブンノウと喋ったことがないんだよね。それと兵器の緊急停止の方法も知らない。ユウキくんにそれを伝えるために、今ザゼルがヤヒコくん達に協力を頼みに行ってるんだよ」
「ザゼルが?」
「彼のことも後で話すよ。ザゼルはね、ユーコちゃんのあみぐるみと一緒に向こうへ投降って形で向かったんだ。小さなクマのあみぐるみ、あったでしょう。ユーコちゃんが上着の内ポケットにいつも入れていた」
ああ、と侑子は元々ユウキのものだったジャケットのポケットを探った。夢の中でもそうだったが、やはりそこに刺繍糸で編んだ小さなクマは不在だった。
「兵器に魔法をかけた時、無意識だったでしょう。一緒に同じ魔法が、あの白クマにもかかったのよ」
シグラの説明に、侑子は合点がいったと頷いた。
「私と紡久くんがやっていたのと同じ方法で、ユウキちゃんに伝えるってこと? あみぐるみと機械なら、見えない壁を通過できる」
「あみぐるみもレコーダーも、どちらもブンノウの視界に入ることさえなければ、気づかれる心配がないんだって」
紡久は説明した。
録音した音声を届けるのであれば、案内用の球体ロボットにも同じ仕事ができるであろう。しかし球体ロボットはじめ、この研究施設で働くロボット達は、どれもブンノウが作ったものだ。彼の監視下にないとは言い切れない。
「きっと……うまくいく」
侑子が呟いたのと、モニターが明るくなったのは同時だった。