疼き⑦

文字数 714文字

 練習部屋を出てすぐの廊下に、アミの姿はなかった。自室に戻ったのだろうか。 

 暖房を効かせた上に、皆の熱気ですっかり室温が上昇していた練習部屋に比べて、空調のついていない廊下はひんやりしていた。
外気そのままの冷たさではないが、澄んだ冬の空気が立ち込めている。

侑子はすっかり火照っていた頬が、あっという間に熱を奪われていくのを感じる。思わず身震いした。

「アミさーん」

 廊下の曲がり角に向かって呼んでみたが、近くにはいないようだ。

侑子がアミの部屋に向かうために、階段を上りきったところだった。

「―――は……はい、彼らのと…………は……済んでいます…………を……引き続き」

 アミの声が聞こえた。
侑子は彼の名を呼んで、すぐにあ、と口を手で抑えた。
誰かと通話中だったのだ。

 こちらに向いた薄紫の瞳が、僅かに見開かれたのが分かった。予想外のタイミングで侑子が現れたので、驚いたのであろう。

彼のそんな表情を見たのは、初めてだった。侑子も同じ様に、目を丸くしてしまった。

『ごめんなさい』と口の形と表情だけで伝えた侑子に、アミの表情はすぐにいつもの調子に戻った。

「また連絡しますね。それでは、良い歳納を」

 指輪型の透証に向かって、通話相手にそう告げている。通話を終えたようだった。

「大丈夫。親戚のおじさんに、歳納の挨拶をしていただけだから」

 侑子の横に並んで階段を降りながら、アミは言った。

そうなんだ、と相槌を打ちつつ、先程のアミの口調は親戚と話をしているにしてはどこか他人行儀というか、とても丁寧な言葉遣いのような印象を受けた侑子は、僅かに違和感を感じていた。

 しかしその僅かな感覚はすぐに霧散して忘れてしまう。


 歳納の宴が始まろうとしていた。
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