24.残り香

文字数 1,082文字

 拾い上げたのは、ゴルフボール大の青い宝石だった。歪な球体のその石は、群青に近い色をしている。

「やはりここから出てきたようですね」

 青い宝石(サファイア)を手に乗せたシグラの隣で、ブンノウはそれを一瞥して言った。

「その石から、無属性の匂いを感じるでしょう。それは来訪者が魔法で変換したものだ」

 シグラは無言で頷いた。
白衣姿の男から目線を外し、改めて自分たちの立っている場所を見渡した。

 広い廃墟だった。
かつては建設中の遊園地だったその場所は、開業に漕ぎ着くことなく手放され、そのままこのような廃墟への道を辿ったのだった。管理者が手放す原因を作ったのは、平空政争だった。

「扉の気配を察知するのが遅れました。それが来訪者を取り逃がした原因だ。やはり欠員が増えてくると、困難もそれなりに生じますね」

 ブンノウの口調は淡々としている。
 シグラには分かった。今彼は、怒りも後悔の念も、抱いてはいない。
ツァマ・ダンの粛清も、その他の協力者や助手の喪失も、何も彼の心には響かない。

――それでも構わない

 シグラは眩しい光を見るように、目を細めてブンノウを見つめた。
艶のない不思議なアイスブルーの瞳は、いつだってシグラの心を、簡単に陥落させる。

「今、天膜は見えますか?」

「見えない。まだ……見えるだけの魔力が、回復していないから」

「そう」

 構いません、とブンノウは続けた。

「もうほぼほぼ、天膜の採取は済んだと考えていい。あとは仕上げだけだ。ここまで来れば、あとはあなたの手を煩わせることはない」

 シグラは弾かれたように口を開いた。

「……私は、用済み? もう役に立たないの?」

 途端に絶望感に苛まれ、身体が震える。
かつての仲間たちと同じように、切り捨てられるのだろうか。

そんなシグラの様子に、ブンノウは軽く首を振った。
表情はすこしも変わらない。微笑んでいるようにも見えるが、どうだろうか。

「貴女には最後まで、見届けてもらわないと。それに、まだ貴女の才は必要です。最後の仕上げに……」

「最後の仕上げ?」

 歩き出したブンノウの後をついていく。

シグラたち二人の他に、その廃墟に人の姿はなかった。

「ここを新たな開発の拠点にしましょう。もうそんなに大掛かりな設備は必要ない……最後の地です。ダチュラを呼んでもらえますか?」

「分かったわ」

「あなたはひとまず、最後の仕上げのその時まで、魔力をゆっくり回復させてください」

「ええ」

 日の入りが近かった。

シグラはブンノウの隣に並んで、ゆっくりと歩を進めた。

手に握ったままだったサファイアを、投げ捨ててしまおうとも思ったが、そのまま自分の白衣のポケットに滑り込ませた。
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