懐かしい人②

文字数 1,355文字

 十五人の六年分のお喋りは、ノンストップだった。これで一区切りか、と一同が時刻を確認する頃には、すっかり夕方になっていた。

話し始めてすぐに部屋の中央、ふかふかのカーペットの上で遊び始めたモモカは、いつの間にかあみぐるみの腹を枕にして寝息を立てている。数時間前に紡久のリュックから脱出した、特大のクマである。毛糸で形作られた円筒形の腕が、三歳児の頭を撫でていた。

「ぐっすりね。ほら、全然起きる気配がない」

 リリーが抱き上げても、少女の寝息に乱れは生じなかった。

「この時間に眠っちゃったら、夜寝れなくなっちゃうかな?」

 心配そうな紡久の言葉に、リリーは首を振って笑った。

「逆にこのまま朝まで眠ってくれるかも。たまにあるのよ。というわけで、私達はこれで失礼するわね」

 エイマンが立ち上がり、ラウトとリエも帰り支度を始めた。彼らはもう帰宅するらしい。

「ユーコさん、ヤチヨさんも、今夜はゆっくり旅の疲れを癒やしてね」

「ありがとう、エイマンさん」

 表まで見送りに出ると、既に東の空に月が顔を出していた。大きく赤い月だった。

「ユーコちゃん」

 車に乗り込もうとしたところで、リエが振り返った。

「戻ってきて早々、暗い話を沢山聞かせて、ごめんなさいね……」

「聞きたかったことですから。話して頂いて、ありがとうございます」

 侑子は首を振った。

二年前の地震、それ以前から続いた天災の数々。人々の魔力枯渇や魔力を持たない子供の激増。

実際に渦中にいた人々から、話を聞きたかった。メムの民から聞いた、この世界の理と天膜の秘密――全ての情報を、頭に入れておきたかった。それがこれからの侑子にとって、やるべきことの土台となるのだから。

「私、ちゃんと皆の役に立ちたいです。ラウトさん、紡久くんがやっているみたいに、私の魔力も使ってください。何をすればいいのか、教えてもらえますか」

 ラウトは眉根を下げて笑った。
息子の隣、助手席に座った彼は、「申し出は非常にありがたいが」と前置きして、改めて侑子に視線を合わせる。

「まずは久々のヒノクニの生活を、満喫したらどうだろう。とはいっても、娯楽施設も殆ど復旧途中だから、遊ぶ場所は前ほど選択肢がないかもしれないけれどね。君がこの国の生活を、心から楽しいと思えたその時に、改めて此方から依頼させていただくよ」

「そーよ、ユーコちゃん!」

 リリーが後部座席から大きく頷く。

「こっちの世界に戻ってきてから、ちゃんとユウキといちゃついたの? まだでしょう?」

 吹き出した侑子の顔を見て、リリーは満足げに笑った。

「ずっと離れ離れだったけど、私達はユーコちゃんと繋がってたのよ。ユーコちゃんがどんなに私達や――ユウキのことを、想っていたか。部外者なりに理解してるつもり」

「君に幸せになってもらいたいんだよ。今日ここに集まっていた全員が、そう強く願っている」

 ハンドルを握ったエイマンが、リリーの言葉を繋いだ。

「ありがとうございます」

「こちらこそ。……私の家族のこと、教えてくれてありがとう。びっくりしたけどね。こんなに驚いたの、多分人生で始めてよ」

 リリーはヤチヨに窓から手を伸ばした。二人は握手を交わしていた。

「しばらく滞在するんでしょう? もっと話を聞かせてほしいわ」

 ヤチヨは頷いた。

「またね!」

「おやすみなさい」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み