導く無機物②

文字数 1,692文字

「落ち着け」

 少し前に帰宅したはずのユウキが、凄い形相で戻ってきたものだから、ジロウは腰を抜かしそうになった。

彼が担いできた行李から、わらわらと沢山のあみぐるみ達が湧き出してきたのだから、尚更である。

「何があった――こいつら、なんでまた」
「ユーコちゃんが戻ってきた」
「は……?」
「迎えに行く」
「おい」
「行かなきゃ」
「ユウキ」

 納屋の鍵を開けたユウキは、中から登山用具やキャンプ用品を引きずり出していた。
住む場所を失った人々を助けるために、ここ数年はかなり重宝している道具たちだった。

 様子が余りにも常軌を逸していたので、ジロウはぐいっとユウキの両肩を掴んだ。
普段このように、人に対して馬鹿力を発揮することはないが、今は例外である。

「ちゃんと説明しなさい!」

 こんな口調になるのは、何年ぶりだろう。
 
幼いユウキの親代わりとなってから、既に二十年近い年月が経っていた。

肩を掴みながら、こいつ、こんなに肩幅広かったっけと、ジロウは思った。

「ジロウさん」

 ユウキはその時になってやっと、まともに養父の顔を瞳に映した。

声は震え、瞳孔が開いている。

ぴぃぷぅと、場違いに気の抜ける音が、あちこちから聞こえてくる。

「説明してくれ」

 今度は懇願するように放たれた、同じ言葉。

唇を引き結んだユウキは、ようやく頷いた。




***




 説明を聞いたのは、その後すぐにジロウの元に集まることのできた面々だけだった。

ジロウの他に、ノマ、スズカ、アミ、紡久である。いずれもその日、在宅していた者たちだ。

「信じられない……」

 アミの呟きに、誰もが同意だった。
しかし、そんな彼の言葉を覆す無機物が複数、彼らが囲むテーブルの上を右往左往している。

「けど本当に……本当に、ユーコちゃんの魔力だ」

 ボタンの取れたヒヨコを、両手の上に乗せて、スズカは微笑む。

「懐かしい。ふふ、本当にかわいい。ユーコちゃん、編むの上手だったよね」

 はらはらと頬にこぼれ落ちてくる涙を、ヒヨコが不思議そうに見上げている。丸い身体は傾けるとそのまま転がってしまうだろうが、スズカの手の中にしっかり収まっていた。

「大丈夫ですか」

 ノマに背中を擦られ、手渡されたハンカチで涙を拭いながら、スズカは背を震わせた。

先程まで笑みを湛えていたはずの顔は、湧き出る涙を堪えようと、すっかり歪んでしまっている。

「ごめんなさい……色々、思い出しちゃって。ユーコちゃんがいた頃、本当に今とは全然、何もかも違って。そんなに前の事に思えないのに、やっぱり随分と時間が経っていたんだなって……色々なことが、変わってしまったから」

 涙を止めようとすればするほど、逆効果だった。
肩を震わすスズカの周囲に、あみぐるみたちが集まってくる。俯いた彼女の頭や肩を、やわやわと撫でるものもいた。

 しばらくの間、スズカの静かな嗚咽だけが、その空間の唯一の音だった。
あみぐるみたちですら、沈黙して彼女を見守っている。

静寂を破ったのは、ユウキの声だった。

「連れてくるよ」

 紡久の膝の上には、大きなクマが乗っていた。ユウコが編んだあみぐるみの中で、最も巨大なそのクマは、再び動き出した後も以前の記憶を保ったまま、紡久に懐いているようだった。

「ユーコちゃんを、連れ帰ってくる」

 ユウキの髪には、もう黒く染まった場所は残っていなかった。
こまめに切り整えることはしていないので、緑の瞳は長い前髪に隠れがちで、うなじが見えない程に伸びている。
 
六年前とは顔つきも変わったように、ジロウは感じていた。特にここ二年の間のユウキの変化は、生に対して投げやりになっているようにも見えて、心配だった。

 しかし今のユウキの表情に、懐かしい生気の輝きが見えるのだ。

ジロウは異を唱えることはできなさそうだ、と感じた。

「どこに迎えに行くんだ?」

 ジロウの言葉に一番に反応したのは、スズカの肩に乗っていた、白クマだった。
背中の鱗を揺らしながらテーブルに飛び降りると、クマは片手を上げながら、その場で飛び跳ねている。

「こいつらが、道案内してくれるんだよ」

 ユウキが笑った。

「そうだろ?」

 ぴぃぴぃ!

 あみぐるみ達が、一斉に声を上げた。
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