ムーちゃん②

文字数 1,151文字

 小さな羊は、その場の全員の視線を従わせながら、テーブルの上を四足歩行で縦横無尽に動き回った。

時折「メエ メエ」と、羊の鳴き声を真似た、オウムのような声を発する。

「ムーちゃん、こっちおいで」

 少女の声の通りに、羊は彼女の小さな腕の中へと、テーブル上を大きく跳ねた。
甘えるように鼻先をこすりつけて、「メエエエ」と嘶いている。

「ユーコちゃんの魔法……よね?」

 全員でひとしきり観察し終えた後、リリーが確認するように、侑子に問いかけた。

「でも確か、自作したあみぐるみにしか、かけられない魔法なんじゃなかった?」

 アミの言葉に、侑子本人も含めた大人全員が頷く。

そう、無機物に意思を持ったように動かす特異な魔法は、限られた対象にしか効果が現れない。六年前のヒノクニ滞在中に、侑子が何度も検証したことだ。

「でもこれは、どう考えたって……」

「間違いないよ。ユーコちゃんの魔力が見える」

 腕を組むエイマンの言葉を繋ぎながら、ユウキが微笑んだ。

「ね? そうでしょ?」

 羊から感じる気配は、確かに自分と同じ魔力だった。侑子は頷いたが、未だに半信半疑だった。

 羊はモモカの腕の中で、大人しくしている。動かなければ先程と同じ、ただのぬいぐるみだ。

「……魔法をかけようとした自覚はなくて。ただ、あみぐるみたちみたいに動いたら、モモちゃんの思う通りに座れるのかなって、思っただけなの」

「ほう」
 
 ジロウは興味深そうに、侑子を眺めた。

「成長したんじゃないか? あれから六年も経つんだ。修練でより高レベルな魔法を使えるようになるなんてこと、この世界の常識じゃないか」

「でも私、修練してたんじゃなくて、魔法のない世界にいただけですよ」

「まあ、いいじゃない」

 パチンと合わせた手を鳴らしたのは、リリーだ。

「出来ることが増えるのは、喜ばしいことだわ。ね! とりあえずご飯食べちゃいましょ。難しいことは、食事中に考えることじゃないでしょう」

 羊のぬいぐるみは、いつの間にかモモカの料理の横で、背中をピンと伸ばした姿勢を保持したまま座っていた。
無事に座らせられたことに満足したのか、モモカは食事に集中していた。

「俺たちも続きを食べよう。後でゆっくり、確かめればいいさ」

 ユウキに促された侑子は、小さく頷く。

「食べ終わったら、まずあの店に行こう」

「あの店って?」

 ユウキの言葉に侑子よりも先に反応したのは、ジロウだった。

悪戯そうな笑みを此方に投げたユウキを見て、侑子は咄嗟に止めようとした。しかし、生憎口の中には、頬張ったばかりのサンドイッチが入っていたのだった。

先に声を出せたのは、ユウキだった。

「指輪を作りに行くよ。俺たち、結婚するんだ」

 折角モモカが食事に集中しはじめたというのに、今度は大人たちがそれどころではなくなってしまったのだった。
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