偶然②
文字数 1,563文字
「ありがとう、ハルカくん」
「俺だって嬉しいんだよ。ユーコちゃんとまた、こうやって話ができるようになったこと。それにユウキは幸せそうだ。あー、良いもんだなぁ。俺も結婚したくなっちゃうよなぁ」
「付き合ってる人、いるの?」
ハルカからそんな話を聞いたことは、そういえばなかったと侑子は思い返す。
「いたけど、別れちゃった。ユーコちゃんが帰ってくる少し前に」
「そうなんだ」
風に靡く翡翠色の髪が、陽の光を浴びて淡く透けて見えた。
並び立っているので、ハルカの表情は侑子からは確認できない。しかし声の調子はいつも通りで、感情に揺れる様子は感じ取れなかった。
「結婚も考えてた。けど、家族と一緒に遠くへ引っ越して行ったんだ……家も仕事も、震災でダメになって、立て直しに見切りをつけたんだろう。俺は王都から動くつもりなかったし、彼女の方も家族と離れてまで、俺と留まる気持ちになれなかった。お互いに、最優先が噛み合わなかったんだ」
それからさ、とハルカは侑子の方へ顔を向けた。
「彼女、アイカって名前だったんだよ。ユーコちゃんの仲良しの従姉妹の名前と、同じだよな」
「同じだね」
微かに驚きを覚えて、侑子は目を見開いた。
「スズカの旦那さんも、ユーコちゃんと縁の深い人の名だ」
「サクヤさんね……兄と同じ名前」
「アイカとそういう仲になった時、スズカとサクヤさんのことが真っ先に思い浮かんで、ユーコちゃんと並行世界のことを考えたんだ。これ、そういう巡り合わせなんじゃないかって。俺達も結ばれる運命なんじゃないかって。興奮した。……まぁ、結局縁はなかったわけだけど」
ハルカは笑っていた。
しかし侑子は、視界の端に入る大海原に再び意識を向けながら、薄気味悪さを感じていたのだった。
『俺たちは手の上で、踊らされているだけなんだろう。面白くねえな』
メムの青年の声が蘇る。
――この世の理を作った、“大きな何か”……神? 私はどうして、並行世界に来れたんだろう。私と野本くんは、どうして付き合うようになったんだろう……二人の名前が同じだったのは、ただの偶然だったの?
『きっと偶然じゃないな。ユウコがやってきたのは、必然だ』
誰かがプログラミングした画面の中で、動かされている自分のイメージが思い浮かんだ。
侑子は思わず頭を振っていた。
「どうした?」
怪訝な顔で、ハルカが覗き込んでくる。
「何でもない。海風、結構強いね」
「潮の香りが飛んでくるなぁ。もうちょっと暑い季節だったら、海水浴したくなるな」
「皆で海に遊びに行くの、楽しそうだね」
「この巡業終わったら、ジロウさんやスズカ達も誘ってみようぜ。折角こんないい車あるんだしさ」
その時、楽しい計画に気持ちが切り替わってきた侑子の頭に、一羽の鳥が降り立った。
「ヤチヨちゃんか」
この旅の同行者達には、すっかりお馴染みになった、伝書鳥だった。
侑子のイメージではこういう役目を与えられるのは、鳩だったのだが、ヤチヨがよこす鳥は、鳩よりも一回り大きな種類の野鳥だった。
彼女は特定の慣らされた個体を使いに出すのではなく、その時その場所に居合わせた野鳥に依頼するのだと話していた。
今回の伝書鳥は、青い尾長の鳥だった。片足に銀色の小型の筒が装着されており、その中に丸められた手紙が入っている。
筒の蓋を開け、侑子は紙片を広げた。
伝書鳥は、ハルカの腕の上で大人しく羽づくろいをしている。
「……あ。これ……。ハルカくん」
手紙の全てを読む前に、思わず隣の人物に声をかけてしまった。すぐに視線を、丸く癖のついた紙片に戻す。
「おーい! そろそろ出発する?」
手紙に注視する二人に、大きく手を振りながらアオイが近づいてきた。隣には伸びをしているユウキを始め、昼寝から目覚めたばかりの者たちの姿もあった。
「要相談だな」
ハルカは低く呟いた。
「俺だって嬉しいんだよ。ユーコちゃんとまた、こうやって話ができるようになったこと。それにユウキは幸せそうだ。あー、良いもんだなぁ。俺も結婚したくなっちゃうよなぁ」
「付き合ってる人、いるの?」
ハルカからそんな話を聞いたことは、そういえばなかったと侑子は思い返す。
「いたけど、別れちゃった。ユーコちゃんが帰ってくる少し前に」
「そうなんだ」
風に靡く翡翠色の髪が、陽の光を浴びて淡く透けて見えた。
並び立っているので、ハルカの表情は侑子からは確認できない。しかし声の調子はいつも通りで、感情に揺れる様子は感じ取れなかった。
「結婚も考えてた。けど、家族と一緒に遠くへ引っ越して行ったんだ……家も仕事も、震災でダメになって、立て直しに見切りをつけたんだろう。俺は王都から動くつもりなかったし、彼女の方も家族と離れてまで、俺と留まる気持ちになれなかった。お互いに、最優先が噛み合わなかったんだ」
それからさ、とハルカは侑子の方へ顔を向けた。
「彼女、アイカって名前だったんだよ。ユーコちゃんの仲良しの従姉妹の名前と、同じだよな」
「同じだね」
微かに驚きを覚えて、侑子は目を見開いた。
「スズカの旦那さんも、ユーコちゃんと縁の深い人の名だ」
「サクヤさんね……兄と同じ名前」
「アイカとそういう仲になった時、スズカとサクヤさんのことが真っ先に思い浮かんで、ユーコちゃんと並行世界のことを考えたんだ。これ、そういう巡り合わせなんじゃないかって。俺達も結ばれる運命なんじゃないかって。興奮した。……まぁ、結局縁はなかったわけだけど」
ハルカは笑っていた。
しかし侑子は、視界の端に入る大海原に再び意識を向けながら、薄気味悪さを感じていたのだった。
『俺たちは手の上で、踊らされているだけなんだろう。面白くねえな』
メムの青年の声が蘇る。
――この世の理を作った、“大きな何か”……神? 私はどうして、並行世界に来れたんだろう。私と野本くんは、どうして付き合うようになったんだろう……二人の名前が同じだったのは、ただの偶然だったの?
『きっと偶然じゃないな。ユウコがやってきたのは、必然だ』
誰かがプログラミングした画面の中で、動かされている自分のイメージが思い浮かんだ。
侑子は思わず頭を振っていた。
「どうした?」
怪訝な顔で、ハルカが覗き込んでくる。
「何でもない。海風、結構強いね」
「潮の香りが飛んでくるなぁ。もうちょっと暑い季節だったら、海水浴したくなるな」
「皆で海に遊びに行くの、楽しそうだね」
「この巡業終わったら、ジロウさんやスズカ達も誘ってみようぜ。折角こんないい車あるんだしさ」
その時、楽しい計画に気持ちが切り替わってきた侑子の頭に、一羽の鳥が降り立った。
「ヤチヨちゃんか」
この旅の同行者達には、すっかりお馴染みになった、伝書鳥だった。
侑子のイメージではこういう役目を与えられるのは、鳩だったのだが、ヤチヨがよこす鳥は、鳩よりも一回り大きな種類の野鳥だった。
彼女は特定の慣らされた個体を使いに出すのではなく、その時その場所に居合わせた野鳥に依頼するのだと話していた。
今回の伝書鳥は、青い尾長の鳥だった。片足に銀色の小型の筒が装着されており、その中に丸められた手紙が入っている。
筒の蓋を開け、侑子は紙片を広げた。
伝書鳥は、ハルカの腕の上で大人しく羽づくろいをしている。
「……あ。これ……。ハルカくん」
手紙の全てを読む前に、思わず隣の人物に声をかけてしまった。すぐに視線を、丸く癖のついた紙片に戻す。
「おーい! そろそろ出発する?」
手紙に注視する二人に、大きく手を振りながらアオイが近づいてきた。隣には伸びをしているユウキを始め、昼寝から目覚めたばかりの者たちの姿もあった。
「要相談だな」
ハルカは低く呟いた。