31.開かれたもの

文字数 610文字

 手が震える。

 やはり止めるべきか。
 今なら止めることができる。
 やっぱり止めることにしました。

 そう一言告げるだけで、それで終わる。
 
――だけど、それでいいのだろうか

 もう何度目か分からない逡巡だった。

 ミネコは浅くなりそうな呼吸を整えるために僅かに開口し、自分の唇が酷く乾いていることに気づいた。感覚が過敏になっている。

緩く握っていた両手を開くと、そこにはこの五年間文字通り肌身離さず守り続けていた()()があった。

 ミネコが視線を固定すると薄く光を灯し、それは蛍の光のように不規則に点滅する。無機物のはずなのに呼吸しているように見えた。

 躊躇うミネコとは反対に、それは内に燻る熱を今にも放出したくて堪らないと訴えているようだ。

 顔を上げると、自分を囲むように傍らに立つ三人の人物が視界に入る。三人ともミネコを急かすでもなくただ彼女を静かに見守っていた。

――きっと彼らは私がどんな決断をしようとも従うつもりだ

 そしてそれがどのような結果を招いたとしても彼らは責めないだろう。ミネコにはよく分かっていた。

「ソウイチさん」

 目の前の夫の名前を呼んだ。

「始めます」

 再びそれを両手で包み込んで、息を吸い込む。三人の男たちは頷き、彼女の前にいた男――ソウイチロウが一歩前へ進みミネコの肩を抱き寄せた。

 ミネコが何か言葉を発するように唇を動かしたが、そこにいた三人には聞き取ることは叶わない。

 音のない轟音がその空間を包み込んだ。
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