68.作業

文字数 1,343文字

 小さな部屋の中。

 ゴトン、ゴトンと、重たい物同士が打つかる音が、一定の間隔で響いた。

 ゴトン、という音が四回鳴った後、今度は液体を飲み干す人の、喉を鳴らす音がする。

 そして再び、ゴトン、ゴトンという音が始まる。

――機械の一部になった気分だ

 紡久の手の中で、白くぼんやりと光る球体が生み出されていった。
灰色の艶のない球体が、彼の手に包み込まれて数秒後、魔石となって輝き出す。

 仕上がった魔石は、足元のコンテナの中へと落とされた。
ゴトンというのは、コンテナ内の魔石と落とされた魔石が打つかり合う音だ。

――四個が限界だな

 五個目の途中から、球体の中に注ぎ込める力がなくなったのを感じた。魔力が切れたのだ。

 サイドテーブルに並べられた、小さな瓶の蓋を開けた。
中の液体は、四十ミリリットル。
少し前まで百ミリリットル摂取しなければならなかったところを、改良してこの容量まで減らせたらしい。

 一気に飲み干した。
たったの四十ミリリットル。一息だ。

 少しだけ甘い。炭酸は効いていないが、ピリピリとした刺激が唇に残る。

 再び灰色の球体を一つ、手に取った。
すぐに光が宿り、球体は完璧な魔石となる。

 紡久は繰り返した。
魔石を作っては、魔力が尽きたら“栄養剤”を飲み、再び魔石を作る。

時間の感覚は薄くなり、単調な作業に思考もぼうっとしてくる。
不本意なその行為は、不愉快極まりなかった。

それにもかかわらず、手を止めること無く彼が作業を続ける理由は、単純だ。

――侑子ちゃん、無事かな

 数日前、この場所に連れてこられた直後に、気味の悪い笑顔の男にこう告げられた。

『仲間のお嬢さんの身を案じるなら、黙って従ったほうがいい』

 ダチュラ・ロパンと名乗ったその男。彼が出した指示がこれだ――無属性の魔石生産。

 狭い部屋の中、左右の壁際に分けて、いくつものコンテナが重ねてある。壁の片側のコンテナの中には空の魔石が、そしてもう反対側のコンテナの中には魔力が注入された魔石が入っていた。そのため部屋の片側だけが、白くぼんやりと光っていた。

 定刻。いつも午後五時になると、ダチュラが部屋に入ってくる。
『今日はもういいですよ』と告げて、夕食を乗せたトレーを机に置いていくのだ。

 黙々と食事を摂る紡久の前から、光る魔石が入ったコンテナを部屋から運び出していく。
何往復かして全て運び終えるまで、部屋のドアは開け放したままだ。しかし紡久はそこから隙をついて出ていこうとはせず、淡々と食物を咀嚼し、飲み込んでいった。
そんな紡久に、ダチュラは『物分りが良くて助かります』と笑うのだった。

 そして今日も、もうすぐダチュラが、あの不気味な男が夕食のトレーと共にやってくる。

 ゴトン

四個目の魔石が、コンテナの中に落ちた。

機械的に腕が栄養剤の方へ動き、ひとつを手に取った。

その時、ドアが開いた。

――今日の作業はここで終わり

 どこかほっとして栄養剤を机に戻し、ドアへ顔を向けた紡久は、はっと目を見開いた。

「侑子ちゃん!」

 戸口に佇んでいたのは、ダチュラではなく、青ざめた表情の侑子だった。髪色が鮮やかな桜色に染まっていて、そんな頭の彼女を見たことがなかったので驚いたが、確かに侑子だった。
 そして彼女の横に、初めて目にする赤い髪の女が一人、立っていた。
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