29.世界ⅱ隣

文字数 694文字

 畳の上にゴロリと横になる。

 ちゃぶ台の上には、沢山の紙の束。
どれもユウキが留守にしている間に届いた、侑子からの手紙だった。

 手紙には時折、写真が入っていた。
 ユウキはその束を手に取ると、仰向けのまま一枚一枚を時間をかけて眺めていった。

――ユーコちゃん、笑ってる

 浴衣姿で友人と並んだ写真。
 いとこたちとスイカを囲む写真。
 兄の婚約者と写った写真。

 どの写真に写る侑子も、笑顔だった。

 最後の数枚は、ライブハウスのステージの上で歌う侑子の姿だった。以前手紙で説明されていた、学生向けイベントに出場した時のものだろう。

 この写真の侑子だけは笑顔ではなく、真剣な表情で大きく口を開けていた。
 その写真には付箋がついていて、そこには『ユウキちゃんの作った曲歌ってるとこ!』と侑子の字で説明が加えられていた。

「あの曲、歌ってくれたんだね」

 写真に向かって語りかけた。
あの曲は、前回の巡業の間に書き上がった物だった。

「俺も同じの歌ったよ。今日も歌った」

 言いながら目を閉じた。

 浮かぶのは妄想。

 さっきまで立っていたステージの上で、あの歌を歌う。

 隣には侑子が立っていて、彼女の声でメロディが繰り出されていく。

 現実にはその曲を歌う侑子の声を、ユウキは聞いたことがなかった。

「顧問のサトウ先生」

 もう一度写真に目をやれば、侑子の隣で彼女と同じ形に口を開ける中年男が目に入った。アオイと似た髪質なのだろう、もじゃもじゃ頭の佐藤。
これまでも何度か侑子が同封する写真に写っていたので、しっかり覚えていた。

「羨ましいよ。俺がそこに立ちたい」

 呟き声は、誰に聞かれることもなく、夏の夜の空気中に溶けて消えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み