95.投降
文字数 1,669文字
「命中した! 離れろ! 爆発するぞ!」
年配の兵士の怒声と共に、アオイは首根っこを掴まれて強く後方へ引っ張られた。
咳き込む音を打ち消す爆発音で、鼓膜が揺れる。ヘルメットの上に、バラバラと何かが降ってきた。今しがた空中で爆発した、ロボットの残骸だろう。
プロペラの形を残した黒い遺物を横目で見ながら、アオイは起き上がった。
「本当に性能が向上してますね。命中してから爆発まで、ほんの数秒だ」
辺りは爆発音と怒号で騒がしいので、声を張り上げないといけない。
「そうだろう。さすがだなぁ、あんた。おかげでこちらは随分戦いやすくなった」
アオイが開発した対ロボット撃沈爆弾は、その後量産を続けるにつれて品質が向上した。作り慣れたことに加えて、大学から応援にやってきた科学者達の腕前が良かったことも関係しているのだろう。
どのくらい性能が上がったのか確認するために、アオイは爆弾が使用されている前線まで足を運んでいた。
「ロボットは途絶えそうにありませんか?」
アオイの質問に、彼をここまで案内してきた玄人兵は渋い顔をした。
「……残念ながら。どこまでも無限に涌いてきやがる。一掃できたと思って一息ついたころに、わらわらと新しいのがやって来るんだ」
銃撃の音は止んでいるが、兵士たちの声は相変わらずだ。どの声も緊張に強張っている。
「さっきまで周りにいたやつらを、とりあえず全て爆発させただろう。けどな、もう少し経ったらまた……」
兵士は説明の途中で、ぴたりと表情を固めた。辺りの気配を探るため、精神を集中する者の目だった。
――もう次が来るのか。これは爆弾作りに休憩はないな……作る側の魔力の枯渇が先か、全てのロボットの破壊が先か……
前者の可能性の方が高い予感がして、アオイは歯ぎしりした。
――ミウネ・ブンノウとは、どんな科学者なんだ? あんなにも鮮やかに、寸分の狂いなく動くロボット。それを量産できるシステムも、全て一人で作り上げたっていうのか? まるで……化け物だ
天才と呼ぶには、あまりにも人間離れしている。畏怖を通り超えた気味の悪さを覚えた。
「来る」
兵士の声に、アオイは緑の爆弾を握りしめる。投球のため、腰を低くした。
草葉を踏む音が聞こえる。歩行型か。
「違う」
近づく影の形に、アオイは呟いた。自分の目が映した像が間違いではないことを、隣の兵士に確認してもらいたかった。
「下がって」
兵士は低くアオイに指示し、銃を構えた――――その人物に向かって。
両手を上げたその男は、丸腰のようだった。薄手の白いTシャツと、ジーンズ姿。足元は何の変哲もないスニーカーで、どうみても戦闘員のようには見えなかった。
「アオイ」
肩をびくつかせたのは、名を呼ばれたもじゃもじゃ頭の方だった。
「幸先いいな。真っ先にお前に会えるなんて」
微笑んだ男の顔は、アオイのよく知るものだった。何年もの間、共に過ごす時間の大半で、彼はこんな表情だったのだから。
「信用されないのは分かってる。けど、投降しにきたんだ」
表情を変えずにそう告げた男に、兵士が訝しげに訊ねる。
「投降だと?」
「そうだよ。武器は持ってない。身ぐるみ剥がして確かめてもらって構わない。けど、急いでもらいたいんだ。話がある。今後に関わる、大切な話だ」
穏やかな口調が続く。その間に笑顔は消え、彼のスカイブルーの瞳がまっすぐにアオイをとらえた。
「ザゼル」
「お前が作ったの? あの爆弾。なかなかこっちに近づけなかった」
さすがだなぁと呟いたザゼルの肩の上に、何かが顔を出した。咄嗟に銃口を向けた兵士を、アオイの手が遮っていた。
「待って!…………ザゼル、お前それ……なんで」
ぴぃ ぴぃ!
場違いに陽気な音。
アオイとザゼルには馴染みの音だった。兵士だけが怪訝な表情でそれを凝視している。
小さな小さな、白クマだった。
「こいつに免じて、俺を信じてもらえないか」
ぴぃ ぷぅ!
ザゼルの頬をペチペチと叩くような動作と共に、白クマは大きく頷いている。
「ブンノウがやろうとしていること、それを阻止する方法を伝えに来たんだ」
年配の兵士の怒声と共に、アオイは首根っこを掴まれて強く後方へ引っ張られた。
咳き込む音を打ち消す爆発音で、鼓膜が揺れる。ヘルメットの上に、バラバラと何かが降ってきた。今しがた空中で爆発した、ロボットの残骸だろう。
プロペラの形を残した黒い遺物を横目で見ながら、アオイは起き上がった。
「本当に性能が向上してますね。命中してから爆発まで、ほんの数秒だ」
辺りは爆発音と怒号で騒がしいので、声を張り上げないといけない。
「そうだろう。さすがだなぁ、あんた。おかげでこちらは随分戦いやすくなった」
アオイが開発した対ロボット撃沈爆弾は、その後量産を続けるにつれて品質が向上した。作り慣れたことに加えて、大学から応援にやってきた科学者達の腕前が良かったことも関係しているのだろう。
どのくらい性能が上がったのか確認するために、アオイは爆弾が使用されている前線まで足を運んでいた。
「ロボットは途絶えそうにありませんか?」
アオイの質問に、彼をここまで案内してきた玄人兵は渋い顔をした。
「……残念ながら。どこまでも無限に涌いてきやがる。一掃できたと思って一息ついたころに、わらわらと新しいのがやって来るんだ」
銃撃の音は止んでいるが、兵士たちの声は相変わらずだ。どの声も緊張に強張っている。
「さっきまで周りにいたやつらを、とりあえず全て爆発させただろう。けどな、もう少し経ったらまた……」
兵士は説明の途中で、ぴたりと表情を固めた。辺りの気配を探るため、精神を集中する者の目だった。
――もう次が来るのか。これは爆弾作りに休憩はないな……作る側の魔力の枯渇が先か、全てのロボットの破壊が先か……
前者の可能性の方が高い予感がして、アオイは歯ぎしりした。
――ミウネ・ブンノウとは、どんな科学者なんだ? あんなにも鮮やかに、寸分の狂いなく動くロボット。それを量産できるシステムも、全て一人で作り上げたっていうのか? まるで……化け物だ
天才と呼ぶには、あまりにも人間離れしている。畏怖を通り超えた気味の悪さを覚えた。
「来る」
兵士の声に、アオイは緑の爆弾を握りしめる。投球のため、腰を低くした。
草葉を踏む音が聞こえる。歩行型か。
「違う」
近づく影の形に、アオイは呟いた。自分の目が映した像が間違いではないことを、隣の兵士に確認してもらいたかった。
「下がって」
兵士は低くアオイに指示し、銃を構えた――――その人物に向かって。
両手を上げたその男は、丸腰のようだった。薄手の白いTシャツと、ジーンズ姿。足元は何の変哲もないスニーカーで、どうみても戦闘員のようには見えなかった。
「アオイ」
肩をびくつかせたのは、名を呼ばれたもじゃもじゃ頭の方だった。
「幸先いいな。真っ先にお前に会えるなんて」
微笑んだ男の顔は、アオイのよく知るものだった。何年もの間、共に過ごす時間の大半で、彼はこんな表情だったのだから。
「信用されないのは分かってる。けど、投降しにきたんだ」
表情を変えずにそう告げた男に、兵士が訝しげに訊ねる。
「投降だと?」
「そうだよ。武器は持ってない。身ぐるみ剥がして確かめてもらって構わない。けど、急いでもらいたいんだ。話がある。今後に関わる、大切な話だ」
穏やかな口調が続く。その間に笑顔は消え、彼のスカイブルーの瞳がまっすぐにアオイをとらえた。
「ザゼル」
「お前が作ったの? あの爆弾。なかなかこっちに近づけなかった」
さすがだなぁと呟いたザゼルの肩の上に、何かが顔を出した。咄嗟に銃口を向けた兵士を、アオイの手が遮っていた。
「待って!…………ザゼル、お前それ……なんで」
ぴぃ ぴぃ!
場違いに陽気な音。
アオイとザゼルには馴染みの音だった。兵士だけが怪訝な表情でそれを凝視している。
小さな小さな、白クマだった。
「こいつに免じて、俺を信じてもらえないか」
ぴぃ ぷぅ!
ザゼルの頬をペチペチと叩くような動作と共に、白クマは大きく頷いている。
「ブンノウがやろうとしていること、それを阻止する方法を伝えに来たんだ」