37.白を染める色
文字数 1,623文字
着替えのために広間を後にした侑子とユウキが並んで歩いていると、廊下の突き当りから出てきた紡久と出くわした。
「二人とも凄かったよ。誰かの演奏を聞きながら踊ったのなんて初めてだった。楽しかったよ」
そう感想を述べる紡久の顔には、濡れて張り付いた前髪がへばりついている。
聞くとジロウに促されるまま踊り始め、周囲の人々に合わせて動き続けていたら、全身汗だくになってしまったらしい。
自室に戻り、着替えてきたところだという。
「魔法で着替えたり洗ったりすることは、流石にまだ難しいのか。誰かに頼めば良かったのに」
「いや、これくらい自分でできることだから。それに少し廊下に出て身体も冷ましたかったし、丁度良いんだ」
紡久は侑子を眺めながら、話題を変えた。
「たまに歌ってるのを見かけていたけど、すぐには侑子ちゃんって分からなかったよ。メイク凄かったし、髪の色もなんだかこっちの人っぽくて」
侑子はそう言われて思い出した。
舞台上での衣装替えの際に化粧と顔の鱗も取れていたが、髪色はなぜかそのままだったのだ。
「その色、いいなと思ってたから。白い衣装にも映えるだろう。だから髪はそのままにしたんだよ。ユーコちゃんが初めて自分の魔法で変えた髪色だったしね」
ユウキが侑子の心の中の疑問に答えた。
「へえ。その髪、侑子ちゃんが自分で色変えたんだ。すごいね」
紡久が目を丸くして言った。そんな彼は、言葉を続けながら苦笑いする。
「髪染めてみたいなって憧れはあったけど、自分の魔法でやってみる勇気はなかなか出なくて」
「分かるよ! 私もすっごくドキドキしたもん。変な色になっちゃったり、間違えて髪の毛抜けちゃったりしないかとか、すごく心配だった」
「侑子ちゃん、俺の髪にも同じ魔法かけてみてよ。その色になるかな」
紡久はそう言って、侑子の方へ僅かに会釈するように頭を傾けた。
耳の頭を隠す長さの黒髪が、侑子の目前に見える。自分のものよりも硬そうな質感の髪を見て、侑子はえっと声を上げてしまった。
自分の髪でさえあんなに緊張したのに、人様の髪に魔法をかけるだなんて。責任が持てない。
侑子ができないよ、と返そうとする寸前だった。
顔の前まで持ち上げて「無理無理」という仕草をしようとした侑子の手を、褐色の手が攫うように絡め取った。
「俺がやってあげる」
微笑んだユウキは、手に取った侑子の手をそのまま下に下げると、空いている方の手を紡久の黒髪に翳した。
「そうだな。ツムグくんは澄んだ綺麗な目をしているし、きっと明るい色が似合うんじゃないかな」
翳したユウキの手が空中を撫でるようにすると、あっという間に紡久の黒髪は光るような鮮やかなオレンジブロンドに変化した。
「わっ。すごく明るい」
元いた世界でこの髪色にしようとしたら、きっととても時間がかかるだろう。
侑子は一度も経験がなかったが、薬液で黒い色を抜かなければいけないはずだ。しかし魔法だと一秒もかからない。その時間の短さと変化の大きさに、侑子は相変わらず戸惑わずにいられなかった。
びっくりしている侑子の横で、ユウキは「眉毛と睫毛も合う感じにしておくよ」と言って、紡久の顔を覗き込んで更に一つ手を加えたようだった。
「鏡見る?」
どこから取り出したのか、手鏡を紡久の方へ向けてやりながら、ユウキは満足そうに笑っている。
「うわぁ。変な感じ」
案の定の紡久の反応だったが、侑子は改めてまじまじとその顔を観察してみると、思いの外馴染んでいると感じるのだった。
本人ほど元の顔を見慣れていないため、客観的に見ることができるのだろう。
「すごく似合ってるよ」
侑子の言葉に紡久は鏡から顔を上げた。
「そうかなあ」
「自信持ってよ。これでも俺、色選びは上手いって自覚あるんだから」
ユウキは紡久の肩をぽん、と叩いた。
「向こうで皆にも見せてきなよ。褒められるって、絶対。似合ってるから」
頷きながら広間へ向かう紡久を見送ると、侑子たちは控室へと足を進めたのだった。
「二人とも凄かったよ。誰かの演奏を聞きながら踊ったのなんて初めてだった。楽しかったよ」
そう感想を述べる紡久の顔には、濡れて張り付いた前髪がへばりついている。
聞くとジロウに促されるまま踊り始め、周囲の人々に合わせて動き続けていたら、全身汗だくになってしまったらしい。
自室に戻り、着替えてきたところだという。
「魔法で着替えたり洗ったりすることは、流石にまだ難しいのか。誰かに頼めば良かったのに」
「いや、これくらい自分でできることだから。それに少し廊下に出て身体も冷ましたかったし、丁度良いんだ」
紡久は侑子を眺めながら、話題を変えた。
「たまに歌ってるのを見かけていたけど、すぐには侑子ちゃんって分からなかったよ。メイク凄かったし、髪の色もなんだかこっちの人っぽくて」
侑子はそう言われて思い出した。
舞台上での衣装替えの際に化粧と顔の鱗も取れていたが、髪色はなぜかそのままだったのだ。
「その色、いいなと思ってたから。白い衣装にも映えるだろう。だから髪はそのままにしたんだよ。ユーコちゃんが初めて自分の魔法で変えた髪色だったしね」
ユウキが侑子の心の中の疑問に答えた。
「へえ。その髪、侑子ちゃんが自分で色変えたんだ。すごいね」
紡久が目を丸くして言った。そんな彼は、言葉を続けながら苦笑いする。
「髪染めてみたいなって憧れはあったけど、自分の魔法でやってみる勇気はなかなか出なくて」
「分かるよ! 私もすっごくドキドキしたもん。変な色になっちゃったり、間違えて髪の毛抜けちゃったりしないかとか、すごく心配だった」
「侑子ちゃん、俺の髪にも同じ魔法かけてみてよ。その色になるかな」
紡久はそう言って、侑子の方へ僅かに会釈するように頭を傾けた。
耳の頭を隠す長さの黒髪が、侑子の目前に見える。自分のものよりも硬そうな質感の髪を見て、侑子はえっと声を上げてしまった。
自分の髪でさえあんなに緊張したのに、人様の髪に魔法をかけるだなんて。責任が持てない。
侑子ができないよ、と返そうとする寸前だった。
顔の前まで持ち上げて「無理無理」という仕草をしようとした侑子の手を、褐色の手が攫うように絡め取った。
「俺がやってあげる」
微笑んだユウキは、手に取った侑子の手をそのまま下に下げると、空いている方の手を紡久の黒髪に翳した。
「そうだな。ツムグくんは澄んだ綺麗な目をしているし、きっと明るい色が似合うんじゃないかな」
翳したユウキの手が空中を撫でるようにすると、あっという間に紡久の黒髪は光るような鮮やかなオレンジブロンドに変化した。
「わっ。すごく明るい」
元いた世界でこの髪色にしようとしたら、きっととても時間がかかるだろう。
侑子は一度も経験がなかったが、薬液で黒い色を抜かなければいけないはずだ。しかし魔法だと一秒もかからない。その時間の短さと変化の大きさに、侑子は相変わらず戸惑わずにいられなかった。
びっくりしている侑子の横で、ユウキは「眉毛と睫毛も合う感じにしておくよ」と言って、紡久の顔を覗き込んで更に一つ手を加えたようだった。
「鏡見る?」
どこから取り出したのか、手鏡を紡久の方へ向けてやりながら、ユウキは満足そうに笑っている。
「うわぁ。変な感じ」
案の定の紡久の反応だったが、侑子は改めてまじまじとその顔を観察してみると、思いの外馴染んでいると感じるのだった。
本人ほど元の顔を見慣れていないため、客観的に見ることができるのだろう。
「すごく似合ってるよ」
侑子の言葉に紡久は鏡から顔を上げた。
「そうかなあ」
「自信持ってよ。これでも俺、色選びは上手いって自覚あるんだから」
ユウキは紡久の肩をぽん、と叩いた。
「向こうで皆にも見せてきなよ。褒められるって、絶対。似合ってるから」
頷きながら広間へ向かう紡久を見送ると、侑子たちは控室へと足を進めたのだった。