8.導く無機物

文字数 1,259文字

 ユウキの家――狭いその蔵の中には、能天気な音が飛び交っていた。

ピィ プゥ 

玩具の鳴き笛のようなその音は、彼らを生み出した本人も、仕組みは分からないと首を傾げていたものだ。

その不思議な音――侑子は声とも言っていた――は、六年前までユウキにとっては日常の中にあったものだ。

時空の果てに帰っていった少女と共に、失われてしまった音。

「お前たち、どうして」

 やっと出せた声に、一斉にボタンの目が向いた。

何対ものプラスチックの目が、ユウキに注目し、そして彼の次の言葉を待っていた。

 形は様々だ。
侑子は色々な動物を、一本の糸から形作った。

――クマ、ウサギ、ヒヨコ、ネコ、イヌ、ペンギン……

 彼らの身体の一部には、揃いの青い硝子の鱗。当初は気まぐれで飾り付けたものだが、侑子が大変喜んでいたので、新しい動物が完成する度に、必ず付けるように習慣化していた。

「――どうして、動いているんだ?」

 その質問を口にするのが、やっとだった。

――あの子がいなくなってから、ずっと死んだように動かなかったのに

 死、という言葉を頭に思い浮かべて、ユウキははっと目を見開いた。

「魔力……お前たちの中の、魔力は?」

 かがみ込んだユウキの考えを読み取ったように、数体のあみぐるみたちが、彼の手元まで進み出てきた。
いずれも防視効果つきの飾りボタンが、外れてしまっている者たちである。



 ユウキの目に、きらきらと輝く、淡いオーロラが見えた。

息を飲む。

そして、目の前の一体を手の上に乗せた。

やはり、見える。



 この六年、いつだって探していた光。

 いつも求めていた気配。



それは確かに、今ユウキの手の中にあった。


「ユーコちゃん」

 彼女が出てくる夢を、いつも乞い願いながら眠りに落ちた。

けれど今は、絶対に夢に出てこないでほしいと、これが夢ではありませんようにと、強く願っていた。

 プゥプゥ

 いつの間にか肩に乗っていた一体のクマが、ユウキの頬をつついた。
ふかふかの綿の感触が、優しくユウキの意識を引く。

 ユウキがクマの手が指す方を向くと、大きめのウサギが、机の上で鉛筆を両腕で支えていた。下には書きかけの譜面があり、ユウキのペンが入っていない五線の上に、何やら描いている。

のぞき込むとそれはイラストで、線の数は少なくシンプルだが、何を描き表しているのかは、すぐに分かった。

「リュック? 寝袋、ランタン、缶詰……? これは、テント?」

 絵が示す物の名前を確認するユウキの言葉に、あみぐるみたちは一つ一つ肯定の音を出した。

「どういう意味だ?」

 ユウキの問に、鉛筆を持ったウサギが、道具のイラストを纏めて丸で囲むと、その横に大きな矢印を書いた。そして矢印が指す先に、大きく『GO』の二文字、更にその隣に再び矢印を引いた。

二つ目の矢印の先に示した文字を見て、ユウキは唇を開けたまま、発する言葉を失った。

 ピィ! プィ!

あみぐるみ達の声は、まるで心を鼓舞するように明るく、大きい。


() () ()


一際大きく書かれた三文字。
それを目に映した大の男の瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。
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