15.世界ⅱ贈り物

文字数 2,279文字

「これ、受け取って下さい!」
 
 後方から誰かがぶつかるような衝撃と共に、緊張で上ずった若い女の声が聞こえた。

 思わず受け取ってしまったそれは綺麗に包装されていて、青いリボンと小ぶりの花で飾られていた。

「あの……いつも応援しています」

 見返されてしどろもどろになりつつも、うるんだ瞳で見上げてくる。
彼女はそれだけ告げると、少し距離を取って見守っていたらしい友人たちの元へと、足早に戻っていった。仲間たちと共に抑えた嬌声を上げている。

「なんて顔してるんだ」

 隣で吹き出したのはハルカだった。 

少し前に変身館から連れ立って出てきて、バス停まで並んで歩いているところだった。

「ちょっとは笑いかけてやるとか、ファンサービスしろよ。……あぁでも、ああいう子にとっては、その滅多に見られない不意打ち食らった顔の方が嬉しいのかな」

「今のは完全に油断してたからだ。予想しないだろう。こんな何もない道端で」

 既にライブハウスの明かりも見えない程の距離を歩いてきていた。雪が降りしきる寒空の中、いつからあの子達は自分が通るのを待っていたのだろう。

「熱心なファンを獲得するだけ、有名になってるってことだよ」

 単純な話じゃないか、とハルカは笑った。

 今一腑に落ちない顔をしながら、ユウキはやや早足で歩を進めた。
先程の女性達がまだ同じ場所にとどまって、此方へ視線を向けていたのだ。

「落ち着かないなら、オンとオフで外見変えてみたら? ぱっと見ただけじゃユウキって分からないくらいに。そういう人よくいるだろ?」

 友人の提案にユウキはしばし考え込む。
 
 確かに変身館の歌歌いにのみならず、著名人にはままあることだった。
人目の煩わしさから逃れるため、外では敢えて目立たない外見に変えたり、普段のイメージとは真逆の格好をするのだ。魔法を使えば切り替えの手間も勿論かからない。

「良いかも知れない。変身は得意だ」

 良いアイディアを思いついて、ユウキはふっと笑った。

 しかし隣を歩くハルカは、そんな表情に一緒に笑ってやることをすぐに止めた。

 笑みの中に、哀愁を読み取ってしまったのだ。



***



 年季の入った古い門構えはずっしりと重厚だ。しかしユウキの手がその戸口に触れただけで、あっさりと錠は外れる。

「合鍵まで持ってたんじゃ、良いように噂されたっていよいよ文句は言えないよな」

「だから言わせておけば良いんだよ」

 家主はまだ帰宅していない。
リリーは今頃ステージの上だし、歳納を控えたこの時期に彼女が帰るのは、この家ではなくジロウの屋敷だった。

 欠かすこと無く毎日訪れるユウキに、リリーは合鍵を渡したのだった。ユウキの訪問の理由を彼女は勿論知っていたし、頻度を抑えるように窘めようともしなかった。

「やっぱり今日はまだ来てないか」

 玄関から屋根裏に続く押入れに直行だった。
 天井を閉め、部屋に降りるとようやく暖房をつける。

「ユーコちゃん、今日パーティーだから」

「ああ。向こうじゃ聖人の誕生を祝うんだってな。外国みたいだ」

 部屋の中心に置かれた炬燵に足を滑り込ませると、ハルカは身震いした。

今夜は冷える。雪が止む気配もない。

「プレゼントを贈り合うんだって。楽しそうだよね」

 侑子の手紙から、彼女がクリスマス会でのプレゼント選びに悩む様子が伝わってきた。プレゼント交換はくじ引きで行われるらしく、自分が選んだ贈り物が誰に渡るのか予想はつかない。確かに品物を選定するのは苦労しそうだ。

「パーティの後、ライブハウスにも行くと書いてあった」

「へえ。向こうの世界のライブハウスか。どんなんだろう。あまり変わらないのかな。ユーコちゃん、歌うの?」

「いや、お客さんとして観に行くみたいだ。同好会の友達と先生と一緒に。クラスメイトの家族が出演するらしい」

「友達とライブハウスか。楽しいだろうな」

「ああ」

 相槌を打ったユウキは窓の外に目をやる。そこから見えるのは、元々は桑畑があった広い空き地だった。侑子が魔法練習に勤しんでいた場所である。
 雪に覆い尽くされて地表はすっかり白くなっている。

「お前は贈り物するの?」

 ハルカにかけられた質問に、ユウキは再び友人に意識を戻す。

「むこうではそういう習慣なんだろ?」

 誰に対しての贈り物を指すのか、ハルカが明言しなくとも分かった。
 ユウキは未使用の封筒と便箋の束を炬燵机の上に広げている。

「封筒に入るものじゃないと届かないから」

 左手を広げて、その上を右手の人差し指で軽く撫でた。まるで掌から湧き出てくるように、数枚の硝子の鱗が出現する。

次にユウキの右手の人差し指と親指が、こよりを作るような動きをする。すると銀の細い鎖がその場に生じ、それは先程出現した青い鱗を絡め取りながら掌へと落ちていった。

 硝子の鱗をグラデーションになるように小さな円状に連ねた物をトップに配したした、銀チェーンのネックレスが完成した。

「器用なもんだな」

 素直に感心した様子のハルカが、ネックレスに注目した。
 銀のチェーンのコマ一つ一つにも細かくカッティングが施され、キラキラと光りを反射させて輝いている。

「本当はもっと装飾過多の方が、俺としては作ってて楽しいけどね。ユーコちゃんはこういう方が好みだろう。これくらいだったら封筒にも無理なく入るし」

 記録媒体ではないので確実に届くはずだ。

 時計に目を走らせる。午後十時を過ぎるところだ。

――向こうは昼間か

 もう少ししてもう一度屋根裏を見てみよう。それでも手紙が見当たらなかったら、今晩は諦めて明日の朝確認してみよう。

 今夜はこのままこの部屋に泊まるつもりだった。

 
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