89.弾丸
文字数 1,272文字
人の頭部を撃ち抜いたその弾丸は、歪み無く本来の形のままだった。
金茶色の金属でできたその表面には、拭き取らずに残ったままの乾いた血液が、赤黒く付着している。
銀のトレーの上に、五つの弾丸が置いてあった。
五人の兵士の命を奪った凶器だった。
――見える
マヒトは溜息をつかなかった。
ただ彼は、五つの弾丸に順番に視線を移していった。
――五つ全てに、確かに
彼が驚かなかったのは、何となく予想できていたからかも知れない。
――弾丸が天膜に包まれている……
王の目には、確かにその膜が映っていた。血液がへばりついた弾丸の表面から数ミリ外側に、微かな白い光を帯びた美しいヴェールが見える。
それは紛れもなく天膜だった。
国民国土をくまなく覆っていたはずの、神秘のバリア。
「遺体は今どこに?」
「まだ輸送されてきておりません」
主の問いかけに、近習はすぐに答えた。
――すぐに確認しなければ
マヒトはそう心の中で呟いたが、目視しなくとも予想はついた。
――きっと兵士達の天膜は、破れている。銃弾の形に穴が開いているはず
「よく思いついたものだ」
低い声が出て、側に控えていた近習が小さく反応した。
「本来の天膜は破壊するもの、殺傷するものを嫌う。そういうものは包もうとしない。これは人工的に作った天膜なのであろう……もしくは、剥がして採取した天膜に手を加えたのか」
過去のヒノクニにおいても、騒乱が発生したことはあった。直近では平空政争がそれで、その昔にも武器によって国民が命を落とす事例はあったのだ。
――しかし、今回のこれは
銃弾の一つを指先で持ち上げた。王の手が血で汚れることを懸念した近習が近くに寄ってきたが、マヒトは彼を表情で制した。
「天膜を破壊するには、同じ物質――天膜の力を用いるしかないのであろうな。同じ力で力を打ち消す……この銃弾が撃ち抜いた兵士の天膜は、すっかり破れてしまっているだろう……よく思いついたものだ」
彼に向かって説明するようにマヒトは続けたが、本当は自分に向かって語りかけていたのかも知れない。そうすることで、少しだけ心が落ち着くのだ。
「ミウネ・ブンノウは、とんでもない発明をしてしまった。この国のあり方そのものを、壊してしまう発明を」
「お手が汚れます」
銃弾を握りしめた主を、ついに見かねて若い近習は声をかけた。
「穢れるものか」
マヒトは返した。その表情は柔らかく、断言した声の強さに反して、慈愛を滲ませたものだった。
「民の血だぞ。穢れるわけがない」
「お上」
「今私が述べた事を、すぐにタカオミに伝えなさい。私は兵の周囲の天膜の上から、天膜を重ねよう。原子爆弾……どのような兵器なのか想像が及ばないが、おそらく既存の天膜だけでは、守りぬくことは出来ないだろう」
天膜の層を重ねることで効果があるのかは、分からない。
しかしマヒトは、自分にしか出来ない手段で、考えうる最善策を敷いていくしかないのだった。
――なんて無力な
父だったら、この現状をどう打破していただろうか。
若い王は、前王の面影を心に思い浮かべながら弾丸の乗ったトレーを見つめていた。
金茶色の金属でできたその表面には、拭き取らずに残ったままの乾いた血液が、赤黒く付着している。
銀のトレーの上に、五つの弾丸が置いてあった。
五人の兵士の命を奪った凶器だった。
――見える
マヒトは溜息をつかなかった。
ただ彼は、五つの弾丸に順番に視線を移していった。
――五つ全てに、確かに
彼が驚かなかったのは、何となく予想できていたからかも知れない。
――弾丸が天膜に包まれている……
王の目には、確かにその膜が映っていた。血液がへばりついた弾丸の表面から数ミリ外側に、微かな白い光を帯びた美しいヴェールが見える。
それは紛れもなく天膜だった。
国民国土をくまなく覆っていたはずの、神秘のバリア。
「遺体は今どこに?」
「まだ輸送されてきておりません」
主の問いかけに、近習はすぐに答えた。
――すぐに確認しなければ
マヒトはそう心の中で呟いたが、目視しなくとも予想はついた。
――きっと兵士達の天膜は、破れている。銃弾の形に穴が開いているはず
「よく思いついたものだ」
低い声が出て、側に控えていた近習が小さく反応した。
「本来の天膜は破壊するもの、殺傷するものを嫌う。そういうものは包もうとしない。これは人工的に作った天膜なのであろう……もしくは、剥がして採取した天膜に手を加えたのか」
過去のヒノクニにおいても、騒乱が発生したことはあった。直近では平空政争がそれで、その昔にも武器によって国民が命を落とす事例はあったのだ。
――しかし、今回のこれは
銃弾の一つを指先で持ち上げた。王の手が血で汚れることを懸念した近習が近くに寄ってきたが、マヒトは彼を表情で制した。
「天膜を破壊するには、同じ物質――天膜の力を用いるしかないのであろうな。同じ力で力を打ち消す……この銃弾が撃ち抜いた兵士の天膜は、すっかり破れてしまっているだろう……よく思いついたものだ」
彼に向かって説明するようにマヒトは続けたが、本当は自分に向かって語りかけていたのかも知れない。そうすることで、少しだけ心が落ち着くのだ。
「ミウネ・ブンノウは、とんでもない発明をしてしまった。この国のあり方そのものを、壊してしまう発明を」
「お手が汚れます」
銃弾を握りしめた主を、ついに見かねて若い近習は声をかけた。
「穢れるものか」
マヒトは返した。その表情は柔らかく、断言した声の強さに反して、慈愛を滲ませたものだった。
「民の血だぞ。穢れるわけがない」
「お上」
「今私が述べた事を、すぐにタカオミに伝えなさい。私は兵の周囲の天膜の上から、天膜を重ねよう。原子爆弾……どのような兵器なのか想像が及ばないが、おそらく既存の天膜だけでは、守りぬくことは出来ないだろう」
天膜の層を重ねることで効果があるのかは、分からない。
しかしマヒトは、自分にしか出来ない手段で、考えうる最善策を敷いていくしかないのだった。
――なんて無力な
父だったら、この現状をどう打破していただろうか。
若い王は、前王の面影を心に思い浮かべながら弾丸の乗ったトレーを見つめていた。