115.神器

文字数 1,457文字

 待合室だと聞かされた先程の部屋と比べると、半分程の大きさだろうか。決して広いといえる空間ではなかった。灯りは部屋の四隅の蝋燭のみで、その蝋燭は白一色だった。
 祭壇の真ん中には真円の鏡、その左右に大きな壺と、足つき皿が据えられている。

「火焔土器?」

 侑子は祭壇の右に鎮座する、大きな壺に真っ先に目を止めた。見覚えのある形だったためだ。

「おや、やはり知っているのですね」

 マヒトの声は弾んでいた。

「この形は、並行世界の物であると聞き及んでいるよ」

「火焔型土器って言うんですよ。用途はよく分かっていないけど、大昔の、私達の世界では縄文時代と呼ばれる古い時代に作られていた土器の形と同じです」

「へぇ。土器か」

「これは土じゃないですね。火焔型土器は、土を焼いたものだからこんなに透き通ってないです」

「なるほど。ユーコさん、これはこの国の三種の神器の一つ。器です」

「えっ!」

 両手で口を覆って驚く侑子に、マヒトは愉快そうに声を上げて笑った。

「もしかして、それじゃあ、あとの二つは……」
 
 恐る恐るといった様子の紡久が、視線で示した。

「お察しの通り。鏡と、そして鍵」

 左端の足つき皿の上から、マヒトは小さな物をつまみ上げた。おもむろに掌にのせたそれを、侑子と紡久の前へ運んでいく。

「勾玉?」

「これが、鍵……?」

「持ってみても構わないよ」

 マヒトが促すように侑子に勾玉を乗せた掌を近づけたが、侑子は反射的に後ずさっていた。

「いえ」

 首を振った。顔がこわばる。
そんな侑子の様子を見かねて、アミが言葉を挟んだ。

「怖がらせないでください」

「え? いや、そんなつもりは……」

「彼女はこの世界にとどまる決意を固めているのですよ」

 アミは侑子に笑いかけた。「ね?」と確かめるように軽く頷く。

「鍵に触れて、元の世界に戻りでもしたら――――そんなことになったら、貴方様でも責任を取り切れないでしょう」

「あ、いや。そんなことにはならないはずだが……すまなかった。軽率だったね。そうか。君はもうすぐ、この国の民と新たに深い縁を結ぶのだったね」

 白い勾玉をすっと手の中に隠すと、マヒトは侑子に優しく語りかけた。
元の通りに足つき皿の上に鍵を返す。

「鍵は本来、ここには置いておけない神器なんだ。王と同じ場所に留まることのないもののはずでね。あの動乱の後、すっかり力が抜けてしまっているので、この場所に安置できているんだけど」

 顎に手を沿えながら、王は思案しているようだった。

「この神器には、並行世界とこの世界とを繋ぐ力は、もう宿っていないようなんだ。だから君達があの世界へ戻ることは、もう出来ないはず……」

 静かに息を呑んで、侑子と紡久は顔を見合わせた。

「じゃあ向こうから此方の世界にやってくる来訪者も……?」

 紡久の言葉に、マヒトは頷く。

「もう誰も来ないかもね」

 王の顔は曇っていなかった。

「破られ、欠損した天膜の補修は全て終わったよ。君たちの尽力のおかげで……ありがとう。心から礼を言う。副産物も、あの通り」

 マヒトの白い袖が示したのは、透明な火焔型土器――器だった。そこには輝く無数の砂粒のような物質が半分ほど溜まっていた。

「たった二人だけだというのに、君たちはどんどん副産物を生み出し続けている。父が生きていたら、きっと驚いただろうよ」

 明るい口調のマヒトとは対象的に、侑子と紡久は複雑な思いだった。
 来訪者がこの先、誰もやってこない。それはつまり、この先のヒノクニの長い未来において、副産物を生み出せる者が途絶えるということを意味しているのだ。
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