脱皮⑧

文字数 1,414文字

 すっかり夜だった。

着物の上に先日ユウキからもらった白いショールを羽織った侑子は、自転車を押すユウキの隣を歩いていた。

カゴの中には、あみぐるみたちがぎゅうぎゅうになりながら納まっている。大変暖かそうだ。

 アンコール分までしっかり歌いきった二人は、客たちに腕を引かれるまま屋台へと出向き、そこで食事を済ませた。楽しい時間だった。

「あの歌は流行るな」

 ユウキが言ったのは、ゴンドラの唄のことだろう。屋台でも二人は、何度も歌わされたのだ。

「とてもいい歌だもんね」

「ユウキちゃんの曲だって。いい歌だよ」

 すかさず返す侑子に、ユウキは笑った。

「けど俺の歌は難しいから、誰でも気軽に歌うのには向いてないよ。だからまた歌いに来ないと」

 その言葉に、侑子はほっとする。
安堵で胸が暖かくなった。

ユウキはちゃんと乗り越えられたのだ。暗くてよく見えなかったが、きっと彼は穏やかな顔をしているはずだ。

「良かった……ちゃんと私、ユウキちゃんの役に立てたよね」

 どちらともなく、足が止まった。

あみぐるみたちは眠っているのだろうか。瞼がないので、よく分からなかったが、鳴き声は聞こえなかった。

「夢を見なくなったから、本当に私はユウキちゃんにとってキーパーソンなのか、最近実感が薄くなってて。それ以前から確信があったわけでもないけど……だけど今日ユウキちゃんが自分の声だけで歌い切れたのは、一つの証明になるのかなって思ったの」

 ユウキの手が伸びてきて、侑子の頭を上から覆った。
軽く撫でるような動きをした後、その手はそのまま黒髪に優しく触れるようにして止まる。

 どう言葉を繰り出そうか、考えあぐねている沈黙にも思えたし、そのまま何も話そうとしていないようにも思えた。
しかし結局、彼は口を開いたのだった。

「そんな風に思わなくても」

 やはり言葉を考えていたようだった。再び押し黙ると、今度は眉根を下げた表情と共に話しはじめた。

「ごめん。夢の記憶の共有の話、ユーコちゃんには重荷になっていたんだね」

「違うの。別にプレッシャーに思っていたとかじゃなくて」

 侑子は慌てて声を滑り込ませる。

「ただユウキちゃんのために力になれるなら、絶対なりたいって思っていただけなの」

 見上げると、まだ心配そうな瞳のままのユウキが目に入って、侑子は力説するようにぎゅっと拳を握る。

「それが一緒に歌うことで叶うなら、すごくいいなって思ったんだよ。歌うこと、やっぱり大好きって思うし。頑なにならずに、もっと歌って良かったんだって気づかせてくれたのは、ユウキちゃんだったから。私の方が先に助けてもらってる。それだけじゃなくて、この世界に来た時にケガの手当をしてくれて、住む場所をくれたのもユウキちゃんだった。だから、ちゃんと恩返ししたかった。それだけなの」

 伝わっただろうか。侑子が不安なまま見つめた視線の先で、ふっとユウキが表情を緩めた。
広がる笑顔と共に、二人の歩は再び進み始める。

「なら、もう貸し借りはナシってことにしよう」

 ユウキが言った。

「これから先、俺とユーコちゃんが二人で歌うのは、ただ一緒に歌いたいから。それだけ。いい?」

 此方に顔を向けた彼の口元が、明るく弧を描いているのが分かって、侑子は頷く。

「よし。沢山歌えそうだね」

 弾むようなその声に呼応したのか、あみぐるみたちが、目を覚ましたようだった。静かな帰り道が、途端に陽気な鳴き声に彩られる。二人は可笑しくなって、大きく笑った。
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