56.花火

文字数 1,123文字

 地上から空へ向かう、一筋の光を見つけた。

侑子は一瞬だけ逆さ雪を思い出した。

すぐにそれが花火なのだと理解した時、彼女の顔は、空に広がる炎の大輪の色に染まっていた。

「きれい」

 金と青の花火は、パチパチ音と共に白い煌めきを残しながら、夕方の空に消えていった。

 何かイベントでもあるのだろうか。
季節外れの花火大会だろうか。少しだけ期待して待っていた侑子だったが、花火はその一度きりだった。

 夕焼けは急速に進んでいる。
ミツキがアオイ達を連れて戻ってくる気配はなかった。

「どうしようかな」

 一度ライブハウスに戻ろうかとも思ったが、入れ違いになったら困るだろう。
せめて紙切れとペンでも持っていれば、伝言を書いて車のワイパーに挟んでおけるのだが。

 そう考えて、何気なくユウキから借りたジャケットのポケットに手を入れる。
指にぶつかるものがあって、取り出してみると、先程侑子が貸したコンパクトミラーだった。
鱗模様を一瞥して、再びポケットに戻す。

 感触からペンでも紙でもなさそうだが、内ポケットにも何か入っているようだったので、取り出してみた。

「ああ、こんなところにいたの」

 思わず笑ってしまったのは、それの表情がおどけたように笑っていたからだった。

侑子が日本からユウキに向けて贈った、小さな白クマのあみぐるみだった。
刺繍糸で編んだので、手のひらサイズの小さなものだ。

首元に硝子の鱗が輝く。
届いてすぐに、ユウキが飾ってくれたのだということは、侑子も当時の手紙から知っていた。

「ユウキちゃん、いつも持ち歩いてくれてたのかな」

 知らなかったな、と呟いて、胸が温かくなるのを感じた。

「お前には魔法をかけてなかったね」

 動きたい? かけてあげようか、と語りかけようとした時だった。



 身体に感じる、振動があった。

 不可解な低い音が聞こえた。
出処の分からないその音が、地響きや地鳴りと呼ばれるものであるとは、侑子は知らなかった。

「揺れてる――――強い!」

 体感したことのない強さだった。侑子は咄嗟に身体を低くしていた。
手の中の小さな白クマを、すぐに内ポケットの中に戻す。

 悲鳴が聞こえる。
物がぶつかる音、クラクション、誰かが誰かの名前を呼ぶ声。

 混乱の物音の中、侑子はひたすら鎮まるのを待った。
スローモーションのようにゆっくりと時間が目に見える気がした一方、どんどん駆け足になる心臓の動きを感じる。気分の悪くなる反比例だった。

 おさまるどころか、強さを増している。

――おかしい。こんなの、知らない

 屋外のはずなのに、木造の床が割れるようなミシミシという恐ろしい音が近くで聞こえた。

 何が起こるのか目に映すのが恐ろしくなって、侑子は地面にうつ伏せたまま、ぎゅっと瞼を強く降ろした。
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