十二月⑦

文字数 638文字

 今は昔。
この国ができて間もない頃。 

一人の旅人がある貧しい村にやってきた。

その旅人の見慣れない身なりや聞き慣れない言葉に警戒していた村人たちだったが、やがて月日が経つうちに少しずつ打ち解けていった。

その旅人がやってきてから村の作物がよく実り、枯井戸から綺麗な水が湧き出てきたりと、不可解だが村に利益をもたらす出来事が立て続けに起こったのだ。

そして旅人が村のためによく働いたことから、村人たちは警戒心を解くようになっていったのだった。

「旅人って、並行世界からやってきた人だったんですか」

「多分ね。その村はその後繁栄を続けて、やがて王都になったと伝えられているんだよ。王都の地表からは雪が湧き出て天へ昇っていく美しい現象が度々見られて、その現象を“逆さ雪”と呼んだらしい。逆さ雪が見えると幸せになるという言い伝えとして、今も残っているんだ」

「へえ。逆さ雪かぁ」

 確かに白い光の粒は雪に見えないこともない。空から降ってくるのではなく天へ昇っていく雪。

「だけど私がさっき見たのはたった一粒だけだし、しかもとても小さかったんですよ」

 うっかりしていると美しいと思う間もなく見逃すだろう。今聞いた昔話とは大分印象が違う。

「その旅人はきっと、上手に魔法が使えたんですね。私はまだまだこの小さな物質変換で精一杯」

「あくまで言い伝えだからね。誇張されているのかもしれない」

 アミは静かに笑うと、薄紫の瞳を侑子に向けながら付け足した。

「だけど逆さ雪は幸運の象徴。きっと良いことが起こる前兆だよ」
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