87.エサ

文字数 747文字

 紡久は日課の魔石作りをしていた。
今日は朝から侑子が不在だった。朝食後すぐに、シグラから呼び出しがかかったのだ。

 少しだけ嫌な予感がして、それを振り切るように魔石作りに没頭する。
いつもより栄養剤の消費ペースが早い。
それだけ気持ちが乱れているのだ。

 突如ドアが開き、そこに立つ人物を見て紡久は固まった。
 白衣姿の初老の男。痩せた長身は柳の大木のようだが、背筋は伸び、その姿勢の良さが人間味を欠いている。

 ブンノウは紡久の姿を認めると、前置きなしに突然話し始めた。
彼にしてみれば、少し前に侑子にしたのと同じ説明を述べただけだった。

「ノアの方舟? アダムとイヴ? あんた何を言ってるんだ……?」

 あまりにもブンノウが平然と話すので、紡久は自分が何か重大な記憶違いをしているのではと錯覚した。
 しかし、そんなはずはない。
自分は至って正気だ。狂っているのは、目の前の男なのだ。

「兵器は完成しました。いつでも好きなように、私の思うままに動かせる。あなたに作ってもらっていた魔石は、兵器の燃料(エサ)とブースターとして必要なものです。無属性の魔力は、兵器の攻撃力と攻撃範囲を広げることが出来る」

 顔色を失って、咄嗟に手に持った魔石を取り落とした紡久を、ブンノウは可笑しそうに笑った。

「もう十分過ぎるほどに魔石は作って頂いていますから、もうこの辺で止めても結構ですよ。世界中の人間と人の住む街全てを消してしまうのに十分な量は、確保できている」

「……何を言っているのか分からない」

「おや、そうですか? 唐突過ぎたかな。私は色々と整えなければいけない準備もあるので、これで失礼しますよ。後でシグラに来てもらいますから、彼女からもう少し丁寧に説明してもらいましょうね」

 ブンノウは歌うような口調で告げると、部屋を出ていった。
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