67.母
文字数 1,507文字
「まだこの兵器は未完成です」
ブンノウの言葉に、シグラが頷いた。
侑子は二人の半魚人の、四肢を見た。
素材は何だろう。金属だろうか?
見た目だけでは判別できない。柔らかな皮膚のようにも見えた。
「完成には、あなたの魔力が必要です」
「私の魔力……」
「透明な魔力。無属性の魔力ですよ」
「何に使うの?」
ブンノウが随分昔から、無属性の魔力に目を付けていたのは知っていた。正彦もちえみも、そのために命を落としたのだ。しかし具体的に何が目的で透明な魔力を集めていたのかまでは、侑子は知らなかった。
その答えは、あっさり返ってきた。
「この国の中で兵器を動かすためには、天膜の働きに抗うだけの力が、兵器側に必須なのです。そのために必要な原料が、無属性の魔力です」
侑子は再び振り向いて、ブンノウを見た。
睨むだけの表情筋が動かない。
ただアイスブルーの瞳を見据えた。
「……あなたたちは、何のために天膜を壊していたの?」
「そうですね。目的は複数ありました」
ブンノウは侑子の質問をはぐらす気はないようだった。説明するための言葉をきちんと思案し、回答するつもりらしい。
「まず第一に、天膜の未知の機能を調べるため。そして第二に、その神秘の力を利用して兵器開発の材料とするため。そして第三に、天膜を失った結果、どのような影響が社会に出るのか観察するためです」
少しも悪びれている様子はなかった。
「空彩党から依頼されたから?」
「いいえ」
きっぱり否定してから、ブンノウは腕を組んだ。
「兵器開発を依頼されたのは確かですが、天膜を利用しろとは当初言われていなかった。――空彩党も天膜の存在など、知りませんでしたからね」
「なぜ……」
侑子は喘ぐように言葉を絞り出した。背後に半魚人の気配を感じて、緊張した。
「どうして天膜に気づいたのか、気になっているんでしょう?」
言ったのはシグラだった。
侑子の顔を覗き込む彼女の緋の瞳が、ゆらりと光っていた。
「私は見えるの」
初めてシグラが笑っているのを見た。
別人かと衝撃を受ける。侑子はこんなに妖艶な笑顔を、見たことがなかった。
「そういう才を持ってるの」
「才」
「ヒノクニには色んな種類の才がある。そのうちの一つよ。私のは、きっと物凄く珍しいんでしょうね。国を脅かすほど恐ろしくて、稀有な才」
「見えるの……? 天膜が」
「見える」
ふっと、笑みを顔から消して、シグラは侑子の手を取った。
「あなたの身体を覆っている膜も見える。透明だけど、目を凝らせばちゃんと分かるの。地表、海面、上空。ヒノクニの国土、いたるところを覆っているのよ。守る時は金色に輝いて、とても美しい……」
「シグラ、魔力は節約してください」
ブンノウの言葉に、シグラは顔を上げた。
「もう私の出番は終わったのではないの?」
「念のためです。国軍や流浪の民達が動いているでしょう。兵器完成と、結果を見届けるまでの邪魔は入れないようにしなければ」
国軍と流浪の民という単語に、侑子は反応した。そうだ、自分がこの場所にいることは、おそらくアミ達は気づいている。
侑子の瞳に希望が宿るのを見たのかは不明だが、シグラが侑子の手を取ったまま声を出した。
「あなたの才」
無表情の声だった。
「ロボットを動かすことができるのでしょう? その才をこの二体に使って欲しいの。それで兵器は完成する」
侑子の口から何かが発せられる前に、とびきり晴れやかなブンノウの声が、部屋の中に響き渡った。
「意思を持った兵器! こんなにも美しい兵器の完成は、貴女の手によって成し遂げられるんですよ!」
ブンノウの吐息が、耳元を通り抜けていった。
「正直、嫉妬しますね。彼らは貴女のことを、母と呼ぶでしょう」
ブンノウの言葉に、シグラが頷いた。
侑子は二人の半魚人の、四肢を見た。
素材は何だろう。金属だろうか?
見た目だけでは判別できない。柔らかな皮膚のようにも見えた。
「完成には、あなたの魔力が必要です」
「私の魔力……」
「透明な魔力。無属性の魔力ですよ」
「何に使うの?」
ブンノウが随分昔から、無属性の魔力に目を付けていたのは知っていた。正彦もちえみも、そのために命を落としたのだ。しかし具体的に何が目的で透明な魔力を集めていたのかまでは、侑子は知らなかった。
その答えは、あっさり返ってきた。
「この国の中で兵器を動かすためには、天膜の働きに抗うだけの力が、兵器側に必須なのです。そのために必要な原料が、無属性の魔力です」
侑子は再び振り向いて、ブンノウを見た。
睨むだけの表情筋が動かない。
ただアイスブルーの瞳を見据えた。
「……あなたたちは、何のために天膜を壊していたの?」
「そうですね。目的は複数ありました」
ブンノウは侑子の質問をはぐらす気はないようだった。説明するための言葉をきちんと思案し、回答するつもりらしい。
「まず第一に、天膜の未知の機能を調べるため。そして第二に、その神秘の力を利用して兵器開発の材料とするため。そして第三に、天膜を失った結果、どのような影響が社会に出るのか観察するためです」
少しも悪びれている様子はなかった。
「空彩党から依頼されたから?」
「いいえ」
きっぱり否定してから、ブンノウは腕を組んだ。
「兵器開発を依頼されたのは確かですが、天膜を利用しろとは当初言われていなかった。――空彩党も天膜の存在など、知りませんでしたからね」
「なぜ……」
侑子は喘ぐように言葉を絞り出した。背後に半魚人の気配を感じて、緊張した。
「どうして天膜に気づいたのか、気になっているんでしょう?」
言ったのはシグラだった。
侑子の顔を覗き込む彼女の緋の瞳が、ゆらりと光っていた。
「私は見えるの」
初めてシグラが笑っているのを見た。
別人かと衝撃を受ける。侑子はこんなに妖艶な笑顔を、見たことがなかった。
「そういう才を持ってるの」
「才」
「ヒノクニには色んな種類の才がある。そのうちの一つよ。私のは、きっと物凄く珍しいんでしょうね。国を脅かすほど恐ろしくて、稀有な才」
「見えるの……? 天膜が」
「見える」
ふっと、笑みを顔から消して、シグラは侑子の手を取った。
「あなたの身体を覆っている膜も見える。透明だけど、目を凝らせばちゃんと分かるの。地表、海面、上空。ヒノクニの国土、いたるところを覆っているのよ。守る時は金色に輝いて、とても美しい……」
「シグラ、魔力は節約してください」
ブンノウの言葉に、シグラは顔を上げた。
「もう私の出番は終わったのではないの?」
「念のためです。国軍や流浪の民達が動いているでしょう。兵器完成と、結果を見届けるまでの邪魔は入れないようにしなければ」
国軍と流浪の民という単語に、侑子は反応した。そうだ、自分がこの場所にいることは、おそらくアミ達は気づいている。
侑子の瞳に希望が宿るのを見たのかは不明だが、シグラが侑子の手を取ったまま声を出した。
「あなたの才」
無表情の声だった。
「ロボットを動かすことができるのでしょう? その才をこの二体に使って欲しいの。それで兵器は完成する」
侑子の口から何かが発せられる前に、とびきり晴れやかなブンノウの声が、部屋の中に響き渡った。
「意思を持った兵器! こんなにも美しい兵器の完成は、貴女の手によって成し遂げられるんですよ!」
ブンノウの吐息が、耳元を通り抜けていった。
「正直、嫉妬しますね。彼らは貴女のことを、母と呼ぶでしょう」