暗い歴史③

文字数 1,904文字

「エイマンさん、政争について、もう少し教えてもらえませんか? こういう時じゃないと、何となく皆にききづらくて」

 政争の話題になると、誰もが途端に息をひそめるように声のトーンを下げ、沈痛な面持ちになる。侑子はこれまで何度も目にしてきた。

彼らは皆無意識にそんな表情になっているのだろうと、侑子は察していた。

「もちろん。そのつもりで今日は来たんだ。私の父は平彩党で働いてるけど、偏りのないように説明するつもりだよ」

 頷いた侑子を確認してから、エイマンは話し始めた。

「あの争いのきっかけは、二十年より前になるかな……空彩党がある年を境に、大幅な予算を軍備に回し始めたんだ。何度も言うけど、ヒノクニは平和な状態を長く保ってきた。他国との外交関係も良好だったし、そもそも軍備は、十分なはずだった。どこにも拡張しなくてはいけない要素は、なかったはず。なのに突然膨大な金をかけはじめた。そしてその十分な説明はなされなかった」

「軍備って、具体的には何をしていたんですか?」

「当時は本当に分からなかった。もっともらしい理由を並べていたけど、どんどん国民の不信が募っていった。無理もない。……そしてきっと、当時空彩党が行っていたのは、兵器開発だ」

 エイマンが一冊の冊子を、侑子に手渡した。文庫本ほどの大きさだった。

中を見てみると、糊付けされた小さな写真が、いくつも目に入る。
アルバムだろうか。

写真に写る人物に、見覚えはなかった。しかしその中の一人は、エイマンとどことなく雰囲気の似ている青年だった。

「父の昔の写真と、視察記録を纏めたものだ。今日は君に政争のことを説明するので、父が持ち出すことを許してくれた。その写真に父と一緒に写っているのは、君と同じ世界からやってきた人だよ」

 侑子は写真を凝視した。

 そこに写っているのは、二人の男性だ。金髪碧眼の人物の方は、エイマンの父親だろう。ということは、その隣の男が、侑子と同じくこの世界に迷い込んだ人物ということだ。

その人は、エイマンの父と同じくらいの年格好で、顔つきから日本人であることが分かった。
二重瞼の下の瞳は黒く、髪色は明るい茶色をしていた。日本の街中を歩いていても、全く不自然ではない。

彼はスーツ姿のエイマンの父の隣で、灰色の作業着姿で笑っていた。

「これは私も、父からその資料を貸し出してもらうにあたって、初めて教えてもらったことなんだが……父が訪れた視察先の研究施設には、その写真の人の他にも、君と同郷の人々が多数いたそうだよ」

 再び侑子にとって、驚きの事実が告げられた。
エイマンは冊子に貼り付けられた、他の写真を彼女に指し示す。

先程の写真にエイマンの父と二人で写っていた人物が、最も多く他の写真にも写っていた。しかし他の写真にも、侑子に馴染みのある雰囲気を持つ人々が、男女共に複数写っていた。

 楽しげな表情で、此方に向かってピースサインを作る人々。
和やかな空気が、時間を超えて伝わってくる。

写真の人物たちは、皆服装は様々だった。しかし、彼らは皆、共通して左胸のあたりに、丸いバッジをつけている。

「この写真は全て、研究施設で撮られたものですか? このバッジをつけている人が、並行世界からやってきた人々?」

「その通り」

「こんなにいたんだ……」

 驚きつつ、侑子は胸の高鳴りも覚えずには、いられなかった。

「この中の一人でも、連絡を取れる人はいないんですか? 二十年前の写真なんですよね?」

 写っている人々は、皆まだ若々しかった。

以前話に聞いた通り、エイマンの父と懇意にしていた人物は亡くなっている。しかし他の人々は、二十年経っているとはいえ、存命中であってもおかしくはない年齢だろう。

 しかしその侑子の問いを耳にしたエイマンは、僅かに顔を歪めて、首を振ったのだった。

「……皆亡くなっている」

――嘘でしょう、なぜ。

そんな言葉も口から出せずに、侑子は固まった。

再び手元に目を移すと、そこには肩を組んで楽しげに笑う人々が、此方を向いている。今にも動き出しそうな、生き生きとした表情だ。

「全員……? ここに写っている人たち皆? そんなことって」

 久々に感じる種の、恐怖だった。

数ヶ月前、この世界にやってきたばかりの頃に味わった、得体のしれない不快な感覚。
それがじわりと胸に沸き起こるのを感じて、侑子は顔をしかめた。

「説明させてもらえないだろうか……私にも、全容は分らないのだが。彼らが皆亡くなっている事実も、五年前の政争に少なからず関係している。私はそう考えている」

 隣に座るエイマンが、侑子の背中をさすった。
侑子は慄えていたのだ。

澄んだ碧眼に視線を移し、侑子はエイマンの言葉を待った。
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