宮司の悩み④

文字数 663文字

『扉が開きました。カギは既に、そこにはありません。しかし扉が開いた場所、それは彼女の嫁ぎ先の家屋でした』

その知らせをもたらしてきたのは、参拝客風の男だった。

 四十を超えたオリトよりも下の世代に見えたが、動作に何一つ不自然さと無駄がなく、逆に不気味な印象を受けた。

 あからさまに驚愕の色を浮かべたオリトを見ても、その男の表情は何一つ変わらない。

柔和なその顔つきからは、想像がつかない程に骨ばった手が大きく、男性的だと感じさせただけだった。

『良い社ですね。古い時代の建立だと分かります。本当に良い場所だ―――結界に緩みもない。あなたの腕が良いのでしょう』

 彼が口にしたその言葉を聞いて、オリトは「ああ」と合点がいった。

境内に張り巡らせてある結界について言及する者は、限られている。ここがカギを守る特別な聖域だという、機密事項を知る者だけなのだ。

『王府から、いらしたのですね』

 頷いた男は、僅かに微笑んだようだった。

『申し遅れました。私はモノベ・タカオミと申します。今日はあなたに、カギに関する情報と、王からの言伝を預かって参りました』

 緊張が走った。
全身が硬直する前に、オリトはタカオミを本殿へと誘った。

そこは屋外よりも、更に強く結界が張られた場所なのだ。これから聞かされる話は、その場所で耳にするべきだろう。オリトはそう考えたのだった。

 そしてそんな自分の判断は、間違いではなかったと確信するのは、すぐだった。

そこでオリトが得た情報は、カギやその働きについて既に知識を持っていた彼でさえも、驚くに値するものばかりだったのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み