57.避難所
文字数 1,617文字
「ミツキ、ありがとうな……」
ふいに掛けられた言葉に、ミツキは顔を上げた。
膝を曲げ、腕で足を抱えるよにして座っていた。手首に額を押し付けるようにしていたので、きっと痕がついていたと思う。
いつものアオイだったら、そんな痕ひとつで、ここぞとばかりに面白そうにからかってくるのだが。
この時の彼は、そんなことはしなかった。
「あの時ミツキが呼びに来て外に出てなかったら、俺とハルカは……」
「ここにいなかったよな、きっと」
暗い声音で続きを呟いたのは、ハルカだった。
「ありがとう、ミツキ」
ハルカからの謝意に、ミツキは僅かに首を振った。
「倒壊したんだよ、あのホテル。ミツキ、お前が来てくれなかったら……」
「もう、言わないで」
お願い、と言う声はくぐもった。再び顔を隠したミツキから、静かなすすり泣きの音が漏れてきた。
幼馴染二人は口をつぐんだ。
三人は冷たい板張りの床に敷いた毛布の上に、並んで腰を降ろしていた。
急ごしらえの短いパーテションで隣と区切られたその空間は、キャンピングカーの中よりも狭い。
市営体育館を利用したその場所は、避難所だった。
***
肩に手を置かれて、ユウキは振り返った。
「アミ」
ステージ衣装のままだ。
昼間の光の元で、直視するには眩しい程に煌めいている。
仕方ない。
ここ二日、着替える暇などなかったのだ。
「国軍は動くのか? 王府の要請は通ったの?」
気になっていた言葉が、真っ先に口から滑り出す。
アミは「ああ」と頷いた。
ユウキを見つめたまま、彼は続ける。
「……とにかく休んだらどうだ」
俺は一眠りさせてもらう、とアミはあくびを噛み殺した。
「倒れてからじゃ遅い。休息も必要なことだと、いい加減学習しろ。去年ユーコちゃんを探しに道のない山中を歩きながら、思い知ったんじゃないのか」
「……」
ユウキは返事を返せないまま、深く息を吐き出した。確かに昨夜も、ほどんど眠れないまま過ごしてしまった。
頭が回っていない。
「探しに行きたいんだろう。例の廃墟へ行ってみようと考えている――そうだろう?」
「止めるの?」
「止めない。けど、せめて一軍の到着くらい待て。メムだって動くだろう。勝手にお前一人の判断だけで動くべきじゃない。かえって危険が及ぶかも知れないだろ……ユーコちゃんに」
彼女の名前が聞こえたところで、ユウキの表情は大きく歪んだ。
「やっぱり、ユーコちゃんは」
「決まったわけじゃない。あらゆる可能性を考慮すべきだってことだ。もしかしたら、どこかで怪我をして動けなくなっているのかも知れない。ここじゃない別の避難所にいるのかも知れない。今はどこも混乱してるのは、分かってるだろう。誰がどこに避難しているのか、把握しきれてない。王都の震災でも、そうだったじゃないか」
余震か、と一瞬思ったが、立ちくらみだった。
ユウキはその場にしゃがみこんだ。
アミの声が頭上から聞こえてきた。
「あみぐるみ達は、動いているよ」
倒壊したホテルの駐車場に、キャンピングカーとトレーラーは停まったままだ。その中で侑子のあみぐるみ達が留守番していた。様子を見に行ったアミは、彼らが変わらず自由気ままに動いていることを確認済みだった。
「ユーコちゃんは無事だ。並行世界にも帰ってないし、この世界でちゃんと生きているんだ」
彼女がこの世界からいなくなったら、あみぐるみたちの動きもなくなるのだろう。
「車で休むよ」
呟くような小さな声だった。
「ここは騒がしくて。それにこの避難所だってきっと、すぐにいっぱいになってしまうだろう……街の被害、かなり酷かったから。移動できる先があるなら、移ったほうがいい」
「そうだな……俺も行く。他の奴らも呼んでくるよ。先に行ってて」
踵を返した花色の頭を見送って、ユウキは歩き出した。
このままあの廃墟がある方向へと身体を向けたくなったが、押し止める。
大きな地震が発生してから、二日経っていた。
侑子とザゼルの行方が、分からないままだった。
ふいに掛けられた言葉に、ミツキは顔を上げた。
膝を曲げ、腕で足を抱えるよにして座っていた。手首に額を押し付けるようにしていたので、きっと痕がついていたと思う。
いつものアオイだったら、そんな痕ひとつで、ここぞとばかりに面白そうにからかってくるのだが。
この時の彼は、そんなことはしなかった。
「あの時ミツキが呼びに来て外に出てなかったら、俺とハルカは……」
「ここにいなかったよな、きっと」
暗い声音で続きを呟いたのは、ハルカだった。
「ありがとう、ミツキ」
ハルカからの謝意に、ミツキは僅かに首を振った。
「倒壊したんだよ、あのホテル。ミツキ、お前が来てくれなかったら……」
「もう、言わないで」
お願い、と言う声はくぐもった。再び顔を隠したミツキから、静かなすすり泣きの音が漏れてきた。
幼馴染二人は口をつぐんだ。
三人は冷たい板張りの床に敷いた毛布の上に、並んで腰を降ろしていた。
急ごしらえの短いパーテションで隣と区切られたその空間は、キャンピングカーの中よりも狭い。
市営体育館を利用したその場所は、避難所だった。
***
肩に手を置かれて、ユウキは振り返った。
「アミ」
ステージ衣装のままだ。
昼間の光の元で、直視するには眩しい程に煌めいている。
仕方ない。
ここ二日、着替える暇などなかったのだ。
「国軍は動くのか? 王府の要請は通ったの?」
気になっていた言葉が、真っ先に口から滑り出す。
アミは「ああ」と頷いた。
ユウキを見つめたまま、彼は続ける。
「……とにかく休んだらどうだ」
俺は一眠りさせてもらう、とアミはあくびを噛み殺した。
「倒れてからじゃ遅い。休息も必要なことだと、いい加減学習しろ。去年ユーコちゃんを探しに道のない山中を歩きながら、思い知ったんじゃないのか」
「……」
ユウキは返事を返せないまま、深く息を吐き出した。確かに昨夜も、ほどんど眠れないまま過ごしてしまった。
頭が回っていない。
「探しに行きたいんだろう。例の廃墟へ行ってみようと考えている――そうだろう?」
「止めるの?」
「止めない。けど、せめて一軍の到着くらい待て。メムだって動くだろう。勝手にお前一人の判断だけで動くべきじゃない。かえって危険が及ぶかも知れないだろ……ユーコちゃんに」
彼女の名前が聞こえたところで、ユウキの表情は大きく歪んだ。
「やっぱり、ユーコちゃんは」
「決まったわけじゃない。あらゆる可能性を考慮すべきだってことだ。もしかしたら、どこかで怪我をして動けなくなっているのかも知れない。ここじゃない別の避難所にいるのかも知れない。今はどこも混乱してるのは、分かってるだろう。誰がどこに避難しているのか、把握しきれてない。王都の震災でも、そうだったじゃないか」
余震か、と一瞬思ったが、立ちくらみだった。
ユウキはその場にしゃがみこんだ。
アミの声が頭上から聞こえてきた。
「あみぐるみ達は、動いているよ」
倒壊したホテルの駐車場に、キャンピングカーとトレーラーは停まったままだ。その中で侑子のあみぐるみ達が留守番していた。様子を見に行ったアミは、彼らが変わらず自由気ままに動いていることを確認済みだった。
「ユーコちゃんは無事だ。並行世界にも帰ってないし、この世界でちゃんと生きているんだ」
彼女がこの世界からいなくなったら、あみぐるみたちの動きもなくなるのだろう。
「車で休むよ」
呟くような小さな声だった。
「ここは騒がしくて。それにこの避難所だってきっと、すぐにいっぱいになってしまうだろう……街の被害、かなり酷かったから。移動できる先があるなら、移ったほうがいい」
「そうだな……俺も行く。他の奴らも呼んでくるよ。先に行ってて」
踵を返した花色の頭を見送って、ユウキは歩き出した。
このままあの廃墟がある方向へと身体を向けたくなったが、押し止める。
大きな地震が発生してから、二日経っていた。
侑子とザゼルの行方が、分からないままだった。