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文字数 1,703文字
ヤチヨの白い指先が、小さなドライバーをくるくると回した。米粒よりも小さなネジが、みるみるうちに黒い穴の中へと沈んでいく。
「再生してみよう」
彼女がドライバーを置いたのを確認して、アオイが言った。
頷いたヤチヨが、その小さな板状の表面をリズミカルに二回、指先で軽く叩いた。
「…………」
小さな機械から聞こえてきたのは、ある音声。
女の声で一言、その後男の声、そして再び女の声で一つの歌の旋律が流れる。もう一度男の声、歌の旋律、そして最後に女の声で『歌って』と一言。それで終わりのようだった。
「成功?」
ミツキの問いかけに、ヤチヨが大きく頷く。
安堵を表す吐息の音が、そこかしこから聞こえてきた。
『小さなレコーダーを用意してくれないか』というザゼルの依頼は、ヤチヨがすぐに叶えてやることが出来たのだ。彼女の小指程の大きさのその機械は、薄い板状で、片面が薄い硝子を貼り付けたように透き通っていた。
侑子が持っていた『スマホ』という並行世界の道具を参考に、少し前にヤチヨが作り上げたレコーダーだという。侑子から貰ったスマホを分解して、その中の部品もいくつか流用したそうだ。
「よし。レコーダーの方はこれでいいな。ザゼル、再生する音声に間違いはないんだな?」
アオイの確認の言葉に、相変わらず腕の自由を奪われたままのザゼルが頷く。
「ああ。問題ない」
球体ロボット内の録音データを、小型の記録カードに書き込んで持ち出すことを思いついたのはザゼルだった。一連の作業がブンノウにさとられないか心配だったが、このデータがなければ始まらない。幸いこうして、ザゼルはアオイの元まで運ぶことが出来た。重大な情報が書き込まれた記録カードはたった今、ヤチヨのレコーダーの中に埋め込まれたばかりである。
「じゃあ次は、あみぐるみにやらせてみよう。こいつの手でちゃんとタップして再生できないと、元も子もないからな」
ぴぃ! ぴぃ!
やる気十分な大きな鳴き声だった。
小さな白クマが、綿の詰まった細短い腕で、小さなレコーダーの艷やかな面をペシペシと叩いている。
「本当にさっき聞こえてきた歌で、ロボットの動きを止めることなんてできるのか?」
訝しげな声は、ハルカのものだった。
「音声制御ってやつ? しかも歌? 随分遊び心に溢れてるじゃないか。恐ろしい兵器なんだろ?」
ふざけやがって、と吐き捨てる。
「ブンノウの考えてることなんて、分かる人間はいないさ」
ザゼルはハルカの方を見ずに応えた。
「お前はそんなやつの元で、ずっと働いてきたってわけだ。俺達に嘘をついて」
皮肉めいた声音には、ザゼル自信も自嘲的な笑みを浮かべるしかなかった。
ぷぷぅ!
白クマの一際大きな声が、皆の意識を再びそちらへと向けさせた。
「出来たぞ。後はこいつに、ユウキのところに行ってもらうだけだ」
アオイが笑顔を見せる。
ヤチヨの手の上で、小さな白クマが腹の上にレコーダーを括り付けられている。ぴょんぴょん跳ねていた。
「自力で歩いて向かわせるのか? ちょっと心許ないな」
ヤヒコの一言に、白クマは不満げに一声鳴き返したが、ザゼルが首を振った。
「上空から――――」
スカイブルーの目が、ヤチヨに定まった。
「ユウキ目掛けて、落ちてもらう。ヤチヨちゃん、鳥にあみぐるみを運ぶように頼んでもらえないか」
「上空から落とす?」
目を丸くしているヤチヨを代弁するように、アミが目を細めた。
「見てて」
ブンノウの研究施設を監視するように、小型カメラをセットされた鳥たちが絶えず廃墟上空を旋回している。そこから送られてくるリアルタイムの映像が、その小型テント内のいくつかのモニターに映し出されていた。
ザゼルが一同に見るように促したのは、そのモニターのうちの一つ――施設屋上を大映しにしている画面だった。
「ここに、もうすぐユウキがやって来るはずだ。兵器と一緒に」
「なぜ分かるの?」
ミツキが問う。
「この屋上は生贄台……とブンノウは呼んでいたそうだ」
シグラから聞いた言葉そのままに、ザゼルは告げた。
「兵器の一番最初の殺戮対象はユウキ。彼の処刑が行われる直前が、レコーダーをユウキに聞かせるチャンスだよ」
「再生してみよう」
彼女がドライバーを置いたのを確認して、アオイが言った。
頷いたヤチヨが、その小さな板状の表面をリズミカルに二回、指先で軽く叩いた。
「…………」
小さな機械から聞こえてきたのは、ある音声。
女の声で一言、その後男の声、そして再び女の声で一つの歌の旋律が流れる。もう一度男の声、歌の旋律、そして最後に女の声で『歌って』と一言。それで終わりのようだった。
「成功?」
ミツキの問いかけに、ヤチヨが大きく頷く。
安堵を表す吐息の音が、そこかしこから聞こえてきた。
『小さなレコーダーを用意してくれないか』というザゼルの依頼は、ヤチヨがすぐに叶えてやることが出来たのだ。彼女の小指程の大きさのその機械は、薄い板状で、片面が薄い硝子を貼り付けたように透き通っていた。
侑子が持っていた『スマホ』という並行世界の道具を参考に、少し前にヤチヨが作り上げたレコーダーだという。侑子から貰ったスマホを分解して、その中の部品もいくつか流用したそうだ。
「よし。レコーダーの方はこれでいいな。ザゼル、再生する音声に間違いはないんだな?」
アオイの確認の言葉に、相変わらず腕の自由を奪われたままのザゼルが頷く。
「ああ。問題ない」
球体ロボット内の録音データを、小型の記録カードに書き込んで持ち出すことを思いついたのはザゼルだった。一連の作業がブンノウにさとられないか心配だったが、このデータがなければ始まらない。幸いこうして、ザゼルはアオイの元まで運ぶことが出来た。重大な情報が書き込まれた記録カードはたった今、ヤチヨのレコーダーの中に埋め込まれたばかりである。
「じゃあ次は、あみぐるみにやらせてみよう。こいつの手でちゃんとタップして再生できないと、元も子もないからな」
ぴぃ! ぴぃ!
やる気十分な大きな鳴き声だった。
小さな白クマが、綿の詰まった細短い腕で、小さなレコーダーの艷やかな面をペシペシと叩いている。
「本当にさっき聞こえてきた歌で、ロボットの動きを止めることなんてできるのか?」
訝しげな声は、ハルカのものだった。
「音声制御ってやつ? しかも歌? 随分遊び心に溢れてるじゃないか。恐ろしい兵器なんだろ?」
ふざけやがって、と吐き捨てる。
「ブンノウの考えてることなんて、分かる人間はいないさ」
ザゼルはハルカの方を見ずに応えた。
「お前はそんなやつの元で、ずっと働いてきたってわけだ。俺達に嘘をついて」
皮肉めいた声音には、ザゼル自信も自嘲的な笑みを浮かべるしかなかった。
ぷぷぅ!
白クマの一際大きな声が、皆の意識を再びそちらへと向けさせた。
「出来たぞ。後はこいつに、ユウキのところに行ってもらうだけだ」
アオイが笑顔を見せる。
ヤチヨの手の上で、小さな白クマが腹の上にレコーダーを括り付けられている。ぴょんぴょん跳ねていた。
「自力で歩いて向かわせるのか? ちょっと心許ないな」
ヤヒコの一言に、白クマは不満げに一声鳴き返したが、ザゼルが首を振った。
「上空から――――」
スカイブルーの目が、ヤチヨに定まった。
「ユウキ目掛けて、落ちてもらう。ヤチヨちゃん、鳥にあみぐるみを運ぶように頼んでもらえないか」
「上空から落とす?」
目を丸くしているヤチヨを代弁するように、アミが目を細めた。
「見てて」
ブンノウの研究施設を監視するように、小型カメラをセットされた鳥たちが絶えず廃墟上空を旋回している。そこから送られてくるリアルタイムの映像が、その小型テント内のいくつかのモニターに映し出されていた。
ザゼルが一同に見るように促したのは、そのモニターのうちの一つ――施設屋上を大映しにしている画面だった。
「ここに、もうすぐユウキがやって来るはずだ。兵器と一緒に」
「なぜ分かるの?」
ミツキが問う。
「この屋上は生贄台……とブンノウは呼んでいたそうだ」
シグラから聞いた言葉そのままに、ザゼルは告げた。
「兵器の一番最初の殺戮対象はユウキ。彼の処刑が行われる直前が、レコーダーをユウキに聞かせるチャンスだよ」