62.マッドサイエンティスト

文字数 1,029文字

 侑子に与えられた部屋があるのは、ザゼルが研究施設(ラボ)と呼ぶ、灰褐色の建物の中だった。
元々は遊園地内の宿泊施設として運用予定だったはずの廃ホテルを、改装したのだという。
地上五階、地下二階建ての無機質な外観で、窓はほぼない。最低限の明り取りと換気口しか見当たらず、のっぺり顔の無表情の怪物のようだ。

 地下二階の部屋に戻るまでの間、建物内の結構な距離を移動するのに、侑子は人の姿を見なかった。

――ここで兵器を作っているって話は、本当なのかな

 機械音ひとつしない。稼働しているのだろうか。

 ヤヒコやアミから、ミウネ・ブンノウという人物についての話は、大体聞いていた。

――優秀な科学者。空彩党に抱え込まれて、兵器開発を続けてきた天才

 透証に記憶されたブンノウの経歴や出自は、どこにも不審な点はなかったという。学生時代に成績が常に秀でていた点を除けば、特に目立つところもない。反体制的でも、過激思想の持ち主でもない。

 彼が責任者の一人として名を連ねていた施設で起こった、あの襲撃事件――――多くの来訪者達が皆殺しにされたあの事件後から、ブンノウは消息を断っていた。表向きには。
 襲撃後の現場から、ブンノウと彼の妻の透証が発見されていた。そのことから、彼も多くの研究者と同様、あの事件で命を落としたと思われていたのだった。

 しかし本当は、彼は生きていた。
生きて、開発を続けていたのだ。

――未知の兵器

 アミはそんな風に呼んでいた。

 ブンノウの生存と、兵器開発、紡久が来訪した際の火災、そして天膜破壊。
判明したのは、ブンノウに従っていたとされる、ツァマ・ダンという名の元空彩党員の残した手紙からだった。

『これまでで分かってきたことを繋げると、ブンノウは気づいているのかも知れない。ヒノクニの理や、天膜の特性、来訪者の力……全てを理解した上で、天才が作り上げようとしているものが、兵器。未知の兵器。目的は分からないが、兵器である以上、絶対に止めなくてはいけない』

 誰もいない廊下に響くのは、侑子の足音だけだった。照明は決して暗くないのに、暗闇の中を進む心地だ。

 アミの声が耳に蘇る。

『完成して終わりではないはずだ。作り上げた以上、使わないではいられないだろう……憶測だが、ミウネ・ブンノウって科学者は、個人的な熱意で兵器の開発を続けている。彼に依頼した空彩党はもうないのだから。……マッドサイエンティスト。彼は危険だ』

 部屋の前に着いた。
無機質な銀のドアノブを、侑子の手が回した。
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