昔の歌③

文字数 776文字

 何度目かの観客たちからの拍手を受け止める頃には、侑子の緊張も大分解けていた。

一曲目が終わった瞬間にワッと歓声が上がって、身体全体が足元から揺れるように感じたが、それが自分の震えではなく、観客たちの昂ぶった声と拍手によるものだと気づいた。
途端に大きな安堵とともに、じわじわと喜びが滲み出てきたのだった。

二曲、三曲と曲が進むに連れて、侑子の表情は柔らかく、笑みが浮かぶまでになっていた。

「次が最後の曲になります」

 ユウキの言葉が終わると共に、ホールは再び静まっていく。

いつしか観客達は歓談することも忘れて、ステージの二人に注目していた。彼らの視線は、ギターを置いてピアノの前に座るユウキと、僅かに立ち位置を移動した侑子を追いかけた。

 侑子は再び緊張によって身体が硬直しはじめるのを感じた。

これまで歌った曲と、今から歌う曲は別物なのだ。

この曲がここで――大勢の人々の前で――歌えたら、きっと歌うことがもっと好きになれる。

声を出して大好きな曲を歌うことに少しも躊躇せず、自信を持って好きなことを好きと声に出して言える自分になれる。

そんな予感がするのだ。

――なりたい。そんな自分になりたい

 一瞬だけその場が無音になって、全ての動きがスローになる錯覚に陥った。

後ろでピアノ椅子に座るユウキの気配だけが感じられて、その気配をもっと感じたいと、侑子は無意識に目を閉じる。

 
 瞼という(とばり)から自由になった侑子の瞳が、再びスポットライトの元で煌めいたのは、最初のフレーズがマイクを伝って会場全体に行き届いてからだった。

 此方を見つめる、いくつもの顔が見える。

知っている顔もあれば、知らない顔も多かった。その顔のどれもが、過去のあの時に自分に向けられていた表情とは、別物であることが分かる。

喉に刺さった魚の骨が取れたように、侑子はどんどん声が真っ直ぐに伸びていくのを感じた。
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