57.世界ⅱ崩壊

文字数 1,226文字

 その日は雲ひとつない快晴で、桜が満開だった。
心地よい陽気に誘われた人々は、午前中の早い時間から花見をするべく、庭先に集まっていた。

「良い日ねえ。青空に桜が映えて、とっても綺麗」

 上を仰ぎ見たミツキの顔の上を、花の隙間から差し込む光が、踊るように揺れる。

 ジロウの屋敷の庭には、桜の大木が植わっていた。彼の一族が代々手入れをしてきた老木で、毎年見事な花景色を見せてくれる。

「去年の開花は、長雨に重なっちゃったもんね。今年は絶好のお花見日和になって良かった」

 スズカがピクニックシートの上に据えた卓袱台に、料理を並べていく。彼女の横で共に配膳を手伝っているのは、夫となったばかりのサクヤだった。

「料理はあらかた運び終わったか?」

 大きな酒瓶を抱えたハルカとアオイを従えて、ジロウが屋敷から出てくる。

「モモちゃん、これはお酒だからね。君にはまだ早いな。今お茶を持ってきてあげる」

 酒瓶に興味を持っているらしいモモカを、ひょいっと抱き上げたのは紡久だった。

最近ハイハイで自在に移動することを覚えたモモカは、片時も目が離せない。
酒瓶が並ぶシートから離れた場所へモモカを運ぶと、ツムグは彼女に大きなクマのあみぐるみを見せた。手足を動かしてみせると、モモカの注意はすっかりそちらへ向く。まだ乳歯すら生えていない柔らかな口を開け、無邪気な声で笑った。

「ツムグくんったら、すっかりモモカの扱いが上手になってる。生まれたばかりの時なんて、抱っこすら怖がっていたのに」

 可笑しそうにリリーが笑った。

「モモカは彼の声が好きなんだよ、きっと。ツムグくんは誰よりも早く泣き止ませることができるんだよ」

「父親の面目丸つぶれね」

「全くだ」

 エイマンが仰々しく肩を竦ませる様を見て、皆が笑う。場の雰囲気が一段と和やかなものとなった。

「ユウキさんが見当たりませんね」

 飲み物を注いで回っていたノマが、庭を見渡して呟いた。

「ああ。朝一でこっちに来てから、もう一度家に帰ったんだ。ユーコちゃんへの手紙預けたら、すぐに出してきてやるって。あいつのことだから、自分の分も書いてるんだろ。きっとそろそろ戻ってくるさ」

 乾杯はまだだというのに、ジロウは既に手に持ったカップから酒をすすっていた。透証を確認すると、ユウキに手紙を預けてから、一時間が過ぎようとしている。

「ジロウさん! 腹減った! 先に食べてようぜ。ユウキは文句いわねぇよ」

「賛成ー」

 アオイとハルカから空腹コールが上がり、ジロウとノマは顔を見合わせて笑った。
確かに空腹だった。朝食をろくに摂らずに皆で準備をしていたのだ。

「そうだな。じゃあ先に始めてるか」

「皆グラス持ってる?」

「ジロウさん、乾杯の音頭ねー」

「よし、じゃあ皆さん。準備はよろしいか。えー、本日はお日柄もよく……」

 ジロウがおどけた声を出し始めた時だった。

 モモカが突然火が着いたように泣き出したのと、地底深くから聞こえる不可解な低音に数人が気づいたのは、ほぼ同時だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み