20.踊る無機物
文字数 1,794文字
侑子はリリー宅の畑に、作務衣姿で立っていた。
魔法発動の気配がないので、ここ最近はこうやって練習しようともしていなかったが、もうそうも言っていられない。
再び作務衣を着てこの場所で練習をすることになってから、数日が経過していた。
晴れて魔法を使えるようになったものの、魔力を身体の外に放出する際の匙加減は、全く分らない。その為魔法が暴発するのだ。
あの満月の夜―――侑子が初めて魔法を使ったあの日、ウサギのあみぐるみに魔法をかけようとして、自室の窓を突風で吹き飛ばし、派手に破壊してしまったのも、力加減が分からずに魔法が暴走した為だった。幸い怪我人を出すことなく、ウサギはクマ同様動くようになったのだが、成功とは言い難いだろう。
足元の土を一掴みすると、じっと見つめる。
乾いた赤茶けた土だった。
小石が混じっているのが見える。
指先がチリチリと僅かに痺れる感覚を察知した。
―――来た
侑子は息を潜め、痺れを封じるように心の中で念じた。
両の手のひらに収まる範囲に、ドーム状の膜を張るイメージを心の中で描いていく。出来るだけ鮮明に。
―――どうかお願い。爆発しないで。この土だけ。この土だけだから。どうか。どうか
いつの間にか拝み倒すような文言になってしまうが、侑子は気を逸らさずに集中するよう努める。
そして―――
侑子の手の中に、見慣れた光の粒が集まってきた。みるみる増える粒にほっと胸を撫で下ろそうとした時、少し離れた場所から、ドスを効かせた大声が聞こえてくる。
「だめよっ! ユーコちゃんっ! まだ気を抜かないっ!」
切れそうになった集中の線を、再び引き絞った。歯を食いしばった音が、ギリリと頭に響く。
光の粒は、今ようやく弾け飛ぶところだった。
手の中に土よりもズシリと重量のある物体の存在を認め、浅い呼吸を整えながら、侑子は確かめるようにそれを見つめた。
「やったあ!」
歓声はリリーのものだった。
後ろから長い腕に、ぎゅっと抱きしめられる。ふわりと甘い、良い香りに包まれた。
「ユーコちゃん、成功! ほら見て」
侑子の手からそれを受け取ると、高く掲げて青空に透かせるようにして、侑子の顔の上にもってきた。
その球体は磨ガラスを丸くまとめたような半透明の球体で、この世界において非常に生活に密着した大きさのものだった。
無色の球体は、空の明るさを受けて白っぽく光っている。
「これ成功ですか?」
「成功よ! 爆発もしなかった。突風も竜巻も起こらなかった。大きさもバッチリ。合格点あげられる」
リリーは再びやったー! と大きく飛び跳ねる。
そんな彼女も、そして侑子も全身至るところに土汚れがついていた。
それもそのはず。ここまでの間に何度も侑子は魔法を暴発させ、その度に突風や小規模な竜巻、更には小さな爆発を起こしていた。予め念入りに防護魔法を何重にもかけておいて良かったと、その度に痛感しては、二人して青くなったものだ。怪我はなかったが、飛び散った土で全身汚れまみれだった。
「どう? コツ掴めた感じする?」
首にかけた手ぬぐいでゴシゴシと顔を拭きながら、侑子はうーんと唸った。
「コツと言えるかどうか……とにかく集中を切らさないようにする方法は、分かってきました」
汗を拭って顔にはりついていた前髪を横に流す。
「これって、まだ空の状態なんですよね」
侑子はたった今自分が作り出した、半透明の球体を指した。
「そうね。ここに更に魔力を注入すると、魔石になるの。でも魔石って魔力の消耗大きいから、今はまだやめといたほうがいいと思うわよ。魔法を使い慣れて、自分の魔力量の限界値が分かるようになってからのほうが。この後も練習するなら、同じように空っぽの魔石を作るか、それとも―――」
リリーが言いかけたところで、侑子は背中に何かが飛びついてきたのが分かった。
とても軽いが、存在が二つだと分かる。それは侑子が魔法で動くようにした、二体のあみぐるみだった。二体は器用に侑子の背中をよじよじと登ると、両肩からひょっこりと顔を出した。
「そうね、その子達の仲間を増やしてみるとか。ちょうど良いんじゃないかしら。」
くすくすと笑いながら、リリーはクマを抱き上げる。
「君たちも、お友達が動いてた方が楽しいわよね。」
問いかけに対し両腕を大きく上に上げて、クマはぴぃぴぃと鳴いた。
肯定する返事であることが分かった。
魔法発動の気配がないので、ここ最近はこうやって練習しようともしていなかったが、もうそうも言っていられない。
再び作務衣を着てこの場所で練習をすることになってから、数日が経過していた。
晴れて魔法を使えるようになったものの、魔力を身体の外に放出する際の匙加減は、全く分らない。その為魔法が暴発するのだ。
あの満月の夜―――侑子が初めて魔法を使ったあの日、ウサギのあみぐるみに魔法をかけようとして、自室の窓を突風で吹き飛ばし、派手に破壊してしまったのも、力加減が分からずに魔法が暴走した為だった。幸い怪我人を出すことなく、ウサギはクマ同様動くようになったのだが、成功とは言い難いだろう。
足元の土を一掴みすると、じっと見つめる。
乾いた赤茶けた土だった。
小石が混じっているのが見える。
指先がチリチリと僅かに痺れる感覚を察知した。
―――来た
侑子は息を潜め、痺れを封じるように心の中で念じた。
両の手のひらに収まる範囲に、ドーム状の膜を張るイメージを心の中で描いていく。出来るだけ鮮明に。
―――どうかお願い。爆発しないで。この土だけ。この土だけだから。どうか。どうか
いつの間にか拝み倒すような文言になってしまうが、侑子は気を逸らさずに集中するよう努める。
そして―――
侑子の手の中に、見慣れた光の粒が集まってきた。みるみる増える粒にほっと胸を撫で下ろそうとした時、少し離れた場所から、ドスを効かせた大声が聞こえてくる。
「だめよっ! ユーコちゃんっ! まだ気を抜かないっ!」
切れそうになった集中の線を、再び引き絞った。歯を食いしばった音が、ギリリと頭に響く。
光の粒は、今ようやく弾け飛ぶところだった。
手の中に土よりもズシリと重量のある物体の存在を認め、浅い呼吸を整えながら、侑子は確かめるようにそれを見つめた。
「やったあ!」
歓声はリリーのものだった。
後ろから長い腕に、ぎゅっと抱きしめられる。ふわりと甘い、良い香りに包まれた。
「ユーコちゃん、成功! ほら見て」
侑子の手からそれを受け取ると、高く掲げて青空に透かせるようにして、侑子の顔の上にもってきた。
その球体は磨ガラスを丸くまとめたような半透明の球体で、この世界において非常に生活に密着した大きさのものだった。
無色の球体は、空の明るさを受けて白っぽく光っている。
「これ成功ですか?」
「成功よ! 爆発もしなかった。突風も竜巻も起こらなかった。大きさもバッチリ。合格点あげられる」
リリーは再びやったー! と大きく飛び跳ねる。
そんな彼女も、そして侑子も全身至るところに土汚れがついていた。
それもそのはず。ここまでの間に何度も侑子は魔法を暴発させ、その度に突風や小規模な竜巻、更には小さな爆発を起こしていた。予め念入りに防護魔法を何重にもかけておいて良かったと、その度に痛感しては、二人して青くなったものだ。怪我はなかったが、飛び散った土で全身汚れまみれだった。
「どう? コツ掴めた感じする?」
首にかけた手ぬぐいでゴシゴシと顔を拭きながら、侑子はうーんと唸った。
「コツと言えるかどうか……とにかく集中を切らさないようにする方法は、分かってきました」
汗を拭って顔にはりついていた前髪を横に流す。
「これって、まだ空の状態なんですよね」
侑子はたった今自分が作り出した、半透明の球体を指した。
「そうね。ここに更に魔力を注入すると、魔石になるの。でも魔石って魔力の消耗大きいから、今はまだやめといたほうがいいと思うわよ。魔法を使い慣れて、自分の魔力量の限界値が分かるようになってからのほうが。この後も練習するなら、同じように空っぽの魔石を作るか、それとも―――」
リリーが言いかけたところで、侑子は背中に何かが飛びついてきたのが分かった。
とても軽いが、存在が二つだと分かる。それは侑子が魔法で動くようにした、二体のあみぐるみだった。二体は器用に侑子の背中をよじよじと登ると、両肩からひょっこりと顔を出した。
「そうね、その子達の仲間を増やしてみるとか。ちょうど良いんじゃないかしら。」
くすくすと笑いながら、リリーはクマを抱き上げる。
「君たちも、お友達が動いてた方が楽しいわよね。」
問いかけに対し両腕を大きく上に上げて、クマはぴぃぴぃと鳴いた。
肯定する返事であることが分かった。