発見②

文字数 1,992文字

 次の瞬間だった。

「わ」

 びくっと身体を反射的に慄かせてしまったが、目の前に立っていたのは、小柄な少女だった。

いつの間にそこにいたのだろう。
音も気配も、全く分からなかった。

 一見、登山者のようだった。
そのような装いだし、彼女は小柄な体格に不釣り合いな、大きなザックを背負っていたのだ。腰から下げたランタンが、明るい光を放っている。

長い黒髪は一つにまとめられていて、艷やかな肌の色は抜けるように白い。
長いまつ毛に覆われた瞳は黒く大きく、赤い唇は化粧っ気がなかったが形良く艶めいている。

同性の侑子でも状況を忘れて見惚れてしまうほどの、美少女だった。

 リン

 鈴の音は、彼女が背負うザックに吊り下がっていたものだった。
少女が一歩、侑子に歩み寄っていた。

――鈴の音なんて、聞こえなかった

 どうやって自分の前に現れたのだろう。
第一なぜこんな夜に、一人でこのような場所にいるのか。

侑子がその不可解を不気味に変換する前に、少女が急接近してきた。

歩を詰めると、突然侑子の頭に布のようなものを被せてきた。

「えっ?! 何?」

 予想外のことに侑子は戸惑い、咄嗟に視界を遮ったその布を、乱暴に取り退けた。
紗のように薄く透ける布地だった。それはふわふわと宙を舞う。

 その様を見て、少女はなぜか悲しそうな、焦ったような表情を見せる。
何も声を発せず、しかし何かを侑子に伝えようと口を開いては、もどかしそうに小さく唸っている。

「ア、ア、ア」

 音程の定まっていない。声というより、何かの楽器のような響きだった。

少女は侑子の方へ、両手で「待って」のジェスチャーをすると、首から提げていた小さな板状のものを手に取った。

どうやらそれはメモタブレットのようで、侑子はその上にペンが走るのを、落ち着かないまま見守っていた。

 どうやら自分に危害を加えようとしているわけでは、なさそうだ。

美少女は侑子よりも年下に見えるし、大きなザックを背負っているとはいえ、華奢な体つきからも、危険さは感じなかった。

 書き終えたようだ。
少女はタブレットの画面を、侑子の方へ向けてきた。
白く光る文字が、画面に浮かび上がっていた。

(怖がらないで。私はあなたを助けたい)

 そこに書かれた文字は、ひらがなと漢字で構成されている。見慣れた日本語だった。

侑子が画面から再び少女へと視線を移すと、彼女は一度頷き、再びペンを走らせる。

(私の名は、ヤチヨ。あなたは?)
「侑子。五十嵐侑子」

 名乗った侑子の表情から、力が抜けたのを見たのだろう。ヤチヨと名乗った少女は嬉しそうに笑った。

「ゥ。ウ」

 侑子の名前を発音しようと試みたのだろうか。ヤチヨは恥ずかしそうに微笑んで、唇の形だけで侑子の名を呼んだ。

その笑顔が余りにも屈託なく、そして美しいので、呆気に取られてしまう。

 しかし、次にヤチヨが見せてきた文字を見て、侑子は息を飲んだ。

(あなたはここではない、別の場所からやってきた。並行世界から、やってきた。間違いない?)
「何で、知ってるの……?」

――逃げるべきか?

リリーに初めて会った時の記憶が蘇った。
 あの時も侑子は、この世界で初めて対面した人間から逃げ出したのだった。

 見た所ヤチヨからは、侑子への敵意や悪意は感じられない。それどころか親しみや親愛の念が滲み出ている。

しかしその根拠が分からなくて、侑子は余計に警戒心をつのらせてしまうのだった。

 そんなこちらの心境はつゆ知らず、ヤチヨは侑子の言葉に、ぱっと表情を輝かせた。何故か言葉を話さないが、表情だけでかなり感情を読み取りやすい人物のようだった。

(来訪者がこの場所に現れることを、知っていた。私は来訪者を探していた。私にあなたの安全を、守らせてほしい。どうか信じて)

 切実そうな表情を浮かべて、差し出してきたタブレットの画面。
焦って書いたことが分かる。文字は乱れていた。

 侑子が逡巡しているのを察したのだろう。
ヤチヨは画面を一度消して、再び文を書き始めた。

(さっきの布で、身体を覆って欲しい。あなたの力を隠したい。隠さないと危険だから)

 侑子は地面に落ちたままになっていた、薄布を拾い上げた。

「この布、防視効果があるの? それなら大丈夫。私、つけてるし。ほらこれ」

 危険とはどういう意味か、いまいちヤチヨの言葉の真意がわからない。
侑子は身につけているブレスレットを、彼女に示した。

 次に驚いたのはヤチヨの方だった。侑子の返答と銀のブレスレットに、酷く狼狽しているようだった。
息を飲む、「ハッ」という音が聞こえた。

「びっくりした……? 私も驚いてる。ねえ、ここはヒノクニであってる? ここに来るの、私二回目なんだよ」

 自分以上に取り乱している人間を前にすると、不思議と落ち着いてくるものだ。

大きく白波を立てていた心が、静まっていく。

「ヤチヨちゃん。教えて。私、この世界六年ぶりなの。王都に行きたいんだ。助けて欲しい」
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