31.友人たち
文字数 1,918文字
ミツキはリビングのドアを、そっと閉めた。
唇がプルプルと震えそうになる。
必死でこらえながら、振り返った。
こちらを向いた複数の顔が、無言で彼女の言葉を待っている。
「もったいぶるなよ。どうだった?」
この中で最もせっかちな性分なのは、アオイだ。
ミツキはつい大きくなってしまいそうな声を抑えようと、手で口元を覆ってから告げる。
「ハグしてた。……くっ、もお無理…………ニヤニヤが止まらないっ!」
無理無理ー! と悶絶しながら、ミツキはスズカの肩に顔を押しつけた。
「俺も見よう」
「俺も俺も」
「やめときなさい」
ドアに近寄るハルカとアオイの服を両手でひっぱって、ミツキは止める。
「もう少し待ったら、もうちょい面白いシーンが見れるかも。そんな気がする」
「ミツキったら」
スズカがくすくすと笑った。
「これは茶化してるわけじゃないから。心の底から良かったぁって、安心したからだから。ね、ツムグくん」
「分かってるよ。俺だって同じ気持ちだ」
紡久もつい声を立てて笑ってしまった。
「ねぇ、アミ。ここに戻ってくるまでの間、あの二人どんな様子だったの? 詳しく話聞きたいなー」
悪びれることなく興味津々で、アオイが話を振った。しかしアミは首を軽く振るだけだった。
「特段面白いことはなかったよ。たまに手を繋いでいることがあったくらい。その程度だったら、以前も散々見た光景だろう。ねえ、ツムグくん」
「まぁ……よく考えてみれば、手を繋ぐのだって、十分親密な証なんだけど」
「あぁもう! よかったぁ! よかったよ、ユウキ!」
ソファに身体を投げ出し、ミツキはクッションを抱きしめた。顔を押し付けて、もう一度「よかった」と言うと、ようやく気が治まったのか、顔を上げた。
「正直怖かったの。ユウキが『ユーコちゃんを迎えに行く』って出ていった後。このままずっと、戻ってこないかもって、そんな気もしてたから……」
紡久が頷いた。
同行した身でも、その懸念は常に頭にあったのだ。
「まさか本当に、ユーコちゃんが戻ってきたなんてな……すごく嬉しいけど、やっぱりびっくりだよ」
アオイが呟く。
彼はミツキの隣に腰掛け、彼女の背を宥めるように撫でていたヤチヨに、言葉をかけた。
「びっくりといえば、君たちのことも。俺知らなかったよ。メム人なんて」
(メムは意図的にそういう風に生きてきたし、知られるほどの人数もいないから。知らなくて当然)
笑ったヤチヨの顔は屈託なく、つい数時間前には初対面だったことを、忘れさせるものだった。
「天膜だってそう。対の理のことだって。知らなかったことばかりだ。ユーコちゃんみたいに別世界からきたんじゃなくて、二十年以上この国の国民やってたのに」
そう話したハルカの声は、低い。彼はため息をついていた。
「隠されていたのか? それとも、昔のことすぎて忘れられていた?」
名指しされなかったが、ヤチヨは自分に対する問いだと察したのだろう。タブレットにペンを走らせると、ためらいがちに画面を見せた。
(半々。だと思う……。王と王府の一部の人間は、全て知っているし、メム人も代々歴史知識として受け継いできた。けれど、全ての人に明らかにされるには、危うい事実なのも確か。現に今、天膜破壊で国はこんな有様になっている)
「その天膜破壊してる奴らは、なんでそんなことが出来るんだ? 見えないし、触れないんだろ? 天膜って」
アオイの問いだった。ヤチヨはアミに視線を送った。
アミは彼女の代わりに答える。彼が王府に属する者であることも、既にこの場の全員の知る所だった。
「詳しくは分からない。王さえも。けどこんなことが出来るってことは、天膜を見ることができて、触れることのできる手段を持った人物がいるってことだ。……王にしか見ることのできなかった天膜は、そうではなくなってしまった」
アミは考え込むように腕を組んで、壁にもたれ掛かった。
「……犯人が捕まって、天膜が無事修復できたとしても、今までのようにはいかないだろうな」
「今までのようにはいかない?」
不安げな声はスズカだった。椅子に座る彼女の肩を、サクヤが後ろから支えていた。
「天膜の存在は、国民に広く知られることになるだろう。もしかしたらこんな悪行を考える輩が、また出てくるかもしれない。長く変わらなかった国の保ち方を、変えていく必要があるだろうね……時代が大きく動くってことだよ」
「もうとっくに、動き出しているわよね」
アミの言葉に声を重ねたのは、ミツキだった。
彼女はそっとドアに近づくと、音を立てないように、慎重に僅かな隙間を開けた。
息を潜めて、外を覗き見る。
ぱっと身を翻したミツキは、興奮した小声で友人たちに報告した。
「キスしてる!」
唇がプルプルと震えそうになる。
必死でこらえながら、振り返った。
こちらを向いた複数の顔が、無言で彼女の言葉を待っている。
「もったいぶるなよ。どうだった?」
この中で最もせっかちな性分なのは、アオイだ。
ミツキはつい大きくなってしまいそうな声を抑えようと、手で口元を覆ってから告げる。
「ハグしてた。……くっ、もお無理…………ニヤニヤが止まらないっ!」
無理無理ー! と悶絶しながら、ミツキはスズカの肩に顔を押しつけた。
「俺も見よう」
「俺も俺も」
「やめときなさい」
ドアに近寄るハルカとアオイの服を両手でひっぱって、ミツキは止める。
「もう少し待ったら、もうちょい面白いシーンが見れるかも。そんな気がする」
「ミツキったら」
スズカがくすくすと笑った。
「これは茶化してるわけじゃないから。心の底から良かったぁって、安心したからだから。ね、ツムグくん」
「分かってるよ。俺だって同じ気持ちだ」
紡久もつい声を立てて笑ってしまった。
「ねぇ、アミ。ここに戻ってくるまでの間、あの二人どんな様子だったの? 詳しく話聞きたいなー」
悪びれることなく興味津々で、アオイが話を振った。しかしアミは首を軽く振るだけだった。
「特段面白いことはなかったよ。たまに手を繋いでいることがあったくらい。その程度だったら、以前も散々見た光景だろう。ねえ、ツムグくん」
「まぁ……よく考えてみれば、手を繋ぐのだって、十分親密な証なんだけど」
「あぁもう! よかったぁ! よかったよ、ユウキ!」
ソファに身体を投げ出し、ミツキはクッションを抱きしめた。顔を押し付けて、もう一度「よかった」と言うと、ようやく気が治まったのか、顔を上げた。
「正直怖かったの。ユウキが『ユーコちゃんを迎えに行く』って出ていった後。このままずっと、戻ってこないかもって、そんな気もしてたから……」
紡久が頷いた。
同行した身でも、その懸念は常に頭にあったのだ。
「まさか本当に、ユーコちゃんが戻ってきたなんてな……すごく嬉しいけど、やっぱりびっくりだよ」
アオイが呟く。
彼はミツキの隣に腰掛け、彼女の背を宥めるように撫でていたヤチヨに、言葉をかけた。
「びっくりといえば、君たちのことも。俺知らなかったよ。メム人なんて」
(メムは意図的にそういう風に生きてきたし、知られるほどの人数もいないから。知らなくて当然)
笑ったヤチヨの顔は屈託なく、つい数時間前には初対面だったことを、忘れさせるものだった。
「天膜だってそう。対の理のことだって。知らなかったことばかりだ。ユーコちゃんみたいに別世界からきたんじゃなくて、二十年以上この国の国民やってたのに」
そう話したハルカの声は、低い。彼はため息をついていた。
「隠されていたのか? それとも、昔のことすぎて忘れられていた?」
名指しされなかったが、ヤチヨは自分に対する問いだと察したのだろう。タブレットにペンを走らせると、ためらいがちに画面を見せた。
(半々。だと思う……。王と王府の一部の人間は、全て知っているし、メム人も代々歴史知識として受け継いできた。けれど、全ての人に明らかにされるには、危うい事実なのも確か。現に今、天膜破壊で国はこんな有様になっている)
「その天膜破壊してる奴らは、なんでそんなことが出来るんだ? 見えないし、触れないんだろ? 天膜って」
アオイの問いだった。ヤチヨはアミに視線を送った。
アミは彼女の代わりに答える。彼が王府に属する者であることも、既にこの場の全員の知る所だった。
「詳しくは分からない。王さえも。けどこんなことが出来るってことは、天膜を見ることができて、触れることのできる手段を持った人物がいるってことだ。……王にしか見ることのできなかった天膜は、そうではなくなってしまった」
アミは考え込むように腕を組んで、壁にもたれ掛かった。
「……犯人が捕まって、天膜が無事修復できたとしても、今までのようにはいかないだろうな」
「今までのようにはいかない?」
不安げな声はスズカだった。椅子に座る彼女の肩を、サクヤが後ろから支えていた。
「天膜の存在は、国民に広く知られることになるだろう。もしかしたらこんな悪行を考える輩が、また出てくるかもしれない。長く変わらなかった国の保ち方を、変えていく必要があるだろうね……時代が大きく動くってことだよ」
「もうとっくに、動き出しているわよね」
アミの言葉に声を重ねたのは、ミツキだった。
彼女はそっとドアに近づくと、音を立てないように、慎重に僅かな隙間を開けた。
息を潜めて、外を覗き見る。
ぱっと身を翻したミツキは、興奮した小声で友人たちに報告した。
「キスしてる!」