41.魔法の動力
文字数 2,747文字
侑子が王都に帰ってきてから、半年が過ぎようとしていた。
荷物の少ない引っ越しがあっさりと終わり、新生活が整うまでの間に、侑子は何度も変身館のステージで歌った。
『ジロウの親戚の子』から『ユウキの恋人』という認識が常連客を中心に広がった後に、その肩書が『歌歌いのユーコ』に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
ユウキの希望通り、侑子は一人で舞台に立つことも増えたのだ。
文字通り一人きりでギターの弾き語りをすることもあれば、リリーやアミに音を加えてもらうこともあった。そんな時は必ず、客席の中にユウキの姿があった。
侑子が変身館で歌うのは、夕方から夜にかけてだ。
昼間の彼女のルーティーンは、ユウキとの散歩に加え、アオイの研究室へ足を運ぶことだった。
***
「ユーコちゃん! 待ってたよ」
今日も高めのテンションで、アオイは侑子を研究室に迎え入れた。
彼が仲間の研究者達と仕事をしているのは、侑子の住まいや変身館のある街から、電車で数駅移動した場所にあった。
その街は政府関係の施設が集中している場所で、道行く人々の雰囲気は、侑子の身近な街よりも少しだけ堅い。
「今日はユウキは?」
「バンド練習の日だから、朝から出かけてるよ」
「ユーコちゃんは、行かなくてよかったの?」
「私は厳密には、所属してるわけじゃないから」
「ああ、そうなんだ。じゃあたまに一緒に歌ってるのは、友情出演みたいな感じだったんだ」
「うん、そんなところかな」
アオイは侑子を招き入れて椅子を勧めながら、からかうように笑った。
「まぁ、たまには一人で街を歩く時間があったっていいよな。本当にいつも二人一緒だもん」
「……やっぱり、おかしいのかな」
息を潜めるような侑子の声に、アオイは吹き出す。
「真面目に受け取るなって! からかっただけだよ。……あのさ、ユーコちゃん。今まで一緒にいたくてもいられなかった分を、取り戻そうとしてるだけだと考えなよ」
「でも、仕事中もそうじゃない時も、常に一緒だし。周りから痛々しく思われてないかな」
ユウキは常に、侑子を側におきたがった。今日のように二人の予定が別々の場所にあるときには、必ず不本意そうな顔で送り出されるのだ。
「ユーコちゃんは、それが嫌なの?」
「ううん」
すぐに否定できる。
むしろ侑子も、本心では常にユウキと離れたくなかった。
左手の薬指には、彼から贈られた指輪が常に輝いていた。笑みを浮かべたように見える鳥の背に、青い宝石が光る。ユウキの魔力によって生み出され、形作られたものだと思うと、愛しさが一層湧いた。
「じゃあ問題はどこにあるのさ? 周りからどう思われるか? そんなの気にする必要ある? ユーコちゃんとユウキ、二人の気持ちの問題だろう」
本気で分からない、と両手を上げたアオイは、奥の部屋へと一度姿を消し、台車を押しながら再び戻ってきた。
台車の上には、数体のロボットが乗っていた。
「ユーコちゃん。心の赴くままに、ユウキのこと愛してやってよ。それからあいつの気持ち、嬉しいと思うのなら素直に嬉しいって感じてやってほしい。……ユウキのためだけに言ってるわけじゃないぞ。俺のためでもあるし、ユーコちゃん自身のためでもある。君の魔力が、そうすることで上がるからだ」
この言葉の後半から、アオイは早口になっていった。彼は気持ちが昂ると、早口になりやすい。
「で、これ今日のロボットたちね。よろしく頼みます!」
侑子の前に台車で運ばれてきた、大小様々なロボットたち。どれもがロボットと分かる見た目をしているが、大きさや素材、色や触り心地まで、一体ずつ異なる。
「今日はいつにも増して、多いね?」
侑子は一番小型のロボットを、抱き上げてみた。ファー生地で覆われた外観はぬいぐるみだが、触ってみると、内部に堅い金属の感触があった。
「今日はたまたま、他の奴らが持ち込んだ分が沢山あるんだよ。俺が昨日のうちに完成させたのは、二体だけ」
「それでも昨日からの一日で、二体もできちゃうんだ」
「設計は前々からあったものばかりだからな――動力を組み込まなくて済むから、プラモデルを組み立てるようなものだよ。時間と集中力さえあれば、これくらいのスピードで出来上がっちまう」
「そうなんだ」
嬉しげなアオイの説明に、侑子は感心した。
侑子がロボットの動力に魔力を提供することが決まってから、ほぼ毎日のようにアオイは侑子を研究室へ招いた。
そこで彼と仲間の科学者たちが作り上げたロボットに、侑子はその場で魔法をかけるのだ。
「それじゃあ、早速」
侑子は抱き上げたぬいぐるみロボットから、取り掛かった。
いつものように、「動いて、動いて」と頭の中で念じ続ける。
***
「今日もありがとう、ユーコちゃん」
合計で十体のロボットに、魔法の動力を与え終えた。時間にして三十分もかからない作業なのだが、侑子は無意識に大きな伸びをしていた。
「さすがに魔力を消耗させすぎた?」
アオイにしては、恐る恐るといった口調で訊ねられて、思わず笑いだしてしまった。
「分からない。でも疲れてないから、大丈夫だよ」
ロボットに意思をもたせる魔法は、確かに簡単な物質変換よりも、消費する魔力は多そうだった。しかし身体的な疲労と魔力の消費は結びつかないので、実感として分かるものでもない。
「君に無理させたなんて分かったら、ユウキが怖いからなぁ」
「心配しなくていいよ。これは私が本気で手伝わせて欲しいと思って、やっていることなんだから」
侑子の周囲に、動き出したロボット達が寄ってくる。どれも「ウィーン」だの、「ピ・ポ・パ」だの、ロボットらしい効果音を発しているのだから、面白い。
「このロボット達は、動き出した後、いつもどこで働いてるの?」
ふと気になって、訊いてみる。
アオイは『試作で作っているつもりはない』と言っていたが、すぐに現場に送られているのだろうか。
「お世話ロボットとか、小型の遊び相手ロボットは、大体すぐに現場入りさせてるよ。救助ロボットは、最近は幸いなことに出番がないからな。救助隊や軍の訓練に混ぜてもらってるんだ」
「そうだったんだ。軍の訓練かぁ」
軍と聞いて、侑子の脳裏にヤヒコの顔が浮かんだ。
天膜破壊の犯人捕縛のため、メムの民は王府と協力しているはずだが、今だに知らせは入ってこない。
ヤチヨは年が明ける前に、メムの里へと帰って行った。
彼女が手紙を持たせた使いの野鳥が、たまに侑子の元に飛んでくることがある。しかしそこに書かれていることは、彼女やメムの子供たちの、平和な近況のみだった。――ヤヒコの名がそこに含まれないので、侑子は気になっているのだ。
「ねえ、ユーコちゃん」
侑子の思考は、アオイの呼びかけで引き戻された。
「何?」
「旅行に行きたくはない?」
荷物の少ない引っ越しがあっさりと終わり、新生活が整うまでの間に、侑子は何度も変身館のステージで歌った。
『ジロウの親戚の子』から『ユウキの恋人』という認識が常連客を中心に広がった後に、その肩書が『歌歌いのユーコ』に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
ユウキの希望通り、侑子は一人で舞台に立つことも増えたのだ。
文字通り一人きりでギターの弾き語りをすることもあれば、リリーやアミに音を加えてもらうこともあった。そんな時は必ず、客席の中にユウキの姿があった。
侑子が変身館で歌うのは、夕方から夜にかけてだ。
昼間の彼女のルーティーンは、ユウキとの散歩に加え、アオイの研究室へ足を運ぶことだった。
***
「ユーコちゃん! 待ってたよ」
今日も高めのテンションで、アオイは侑子を研究室に迎え入れた。
彼が仲間の研究者達と仕事をしているのは、侑子の住まいや変身館のある街から、電車で数駅移動した場所にあった。
その街は政府関係の施設が集中している場所で、道行く人々の雰囲気は、侑子の身近な街よりも少しだけ堅い。
「今日はユウキは?」
「バンド練習の日だから、朝から出かけてるよ」
「ユーコちゃんは、行かなくてよかったの?」
「私は厳密には、所属してるわけじゃないから」
「ああ、そうなんだ。じゃあたまに一緒に歌ってるのは、友情出演みたいな感じだったんだ」
「うん、そんなところかな」
アオイは侑子を招き入れて椅子を勧めながら、からかうように笑った。
「まぁ、たまには一人で街を歩く時間があったっていいよな。本当にいつも二人一緒だもん」
「……やっぱり、おかしいのかな」
息を潜めるような侑子の声に、アオイは吹き出す。
「真面目に受け取るなって! からかっただけだよ。……あのさ、ユーコちゃん。今まで一緒にいたくてもいられなかった分を、取り戻そうとしてるだけだと考えなよ」
「でも、仕事中もそうじゃない時も、常に一緒だし。周りから痛々しく思われてないかな」
ユウキは常に、侑子を側におきたがった。今日のように二人の予定が別々の場所にあるときには、必ず不本意そうな顔で送り出されるのだ。
「ユーコちゃんは、それが嫌なの?」
「ううん」
すぐに否定できる。
むしろ侑子も、本心では常にユウキと離れたくなかった。
左手の薬指には、彼から贈られた指輪が常に輝いていた。笑みを浮かべたように見える鳥の背に、青い宝石が光る。ユウキの魔力によって生み出され、形作られたものだと思うと、愛しさが一層湧いた。
「じゃあ問題はどこにあるのさ? 周りからどう思われるか? そんなの気にする必要ある? ユーコちゃんとユウキ、二人の気持ちの問題だろう」
本気で分からない、と両手を上げたアオイは、奥の部屋へと一度姿を消し、台車を押しながら再び戻ってきた。
台車の上には、数体のロボットが乗っていた。
「ユーコちゃん。心の赴くままに、ユウキのこと愛してやってよ。それからあいつの気持ち、嬉しいと思うのなら素直に嬉しいって感じてやってほしい。……ユウキのためだけに言ってるわけじゃないぞ。俺のためでもあるし、ユーコちゃん自身のためでもある。君の魔力が、そうすることで上がるからだ」
この言葉の後半から、アオイは早口になっていった。彼は気持ちが昂ると、早口になりやすい。
「で、これ今日のロボットたちね。よろしく頼みます!」
侑子の前に台車で運ばれてきた、大小様々なロボットたち。どれもがロボットと分かる見た目をしているが、大きさや素材、色や触り心地まで、一体ずつ異なる。
「今日はいつにも増して、多いね?」
侑子は一番小型のロボットを、抱き上げてみた。ファー生地で覆われた外観はぬいぐるみだが、触ってみると、内部に堅い金属の感触があった。
「今日はたまたま、他の奴らが持ち込んだ分が沢山あるんだよ。俺が昨日のうちに完成させたのは、二体だけ」
「それでも昨日からの一日で、二体もできちゃうんだ」
「設計は前々からあったものばかりだからな――動力を組み込まなくて済むから、プラモデルを組み立てるようなものだよ。時間と集中力さえあれば、これくらいのスピードで出来上がっちまう」
「そうなんだ」
嬉しげなアオイの説明に、侑子は感心した。
侑子がロボットの動力に魔力を提供することが決まってから、ほぼ毎日のようにアオイは侑子を研究室へ招いた。
そこで彼と仲間の科学者たちが作り上げたロボットに、侑子はその場で魔法をかけるのだ。
「それじゃあ、早速」
侑子は抱き上げたぬいぐるみロボットから、取り掛かった。
いつものように、「動いて、動いて」と頭の中で念じ続ける。
***
「今日もありがとう、ユーコちゃん」
合計で十体のロボットに、魔法の動力を与え終えた。時間にして三十分もかからない作業なのだが、侑子は無意識に大きな伸びをしていた。
「さすがに魔力を消耗させすぎた?」
アオイにしては、恐る恐るといった口調で訊ねられて、思わず笑いだしてしまった。
「分からない。でも疲れてないから、大丈夫だよ」
ロボットに意思をもたせる魔法は、確かに簡単な物質変換よりも、消費する魔力は多そうだった。しかし身体的な疲労と魔力の消費は結びつかないので、実感として分かるものでもない。
「君に無理させたなんて分かったら、ユウキが怖いからなぁ」
「心配しなくていいよ。これは私が本気で手伝わせて欲しいと思って、やっていることなんだから」
侑子の周囲に、動き出したロボット達が寄ってくる。どれも「ウィーン」だの、「ピ・ポ・パ」だの、ロボットらしい効果音を発しているのだから、面白い。
「このロボット達は、動き出した後、いつもどこで働いてるの?」
ふと気になって、訊いてみる。
アオイは『試作で作っているつもりはない』と言っていたが、すぐに現場に送られているのだろうか。
「お世話ロボットとか、小型の遊び相手ロボットは、大体すぐに現場入りさせてるよ。救助ロボットは、最近は幸いなことに出番がないからな。救助隊や軍の訓練に混ぜてもらってるんだ」
「そうだったんだ。軍の訓練かぁ」
軍と聞いて、侑子の脳裏にヤヒコの顔が浮かんだ。
天膜破壊の犯人捕縛のため、メムの民は王府と協力しているはずだが、今だに知らせは入ってこない。
ヤチヨは年が明ける前に、メムの里へと帰って行った。
彼女が手紙を持たせた使いの野鳥が、たまに侑子の元に飛んでくることがある。しかしそこに書かれていることは、彼女やメムの子供たちの、平和な近況のみだった。――ヤヒコの名がそこに含まれないので、侑子は気になっているのだ。
「ねえ、ユーコちゃん」
侑子の思考は、アオイの呼びかけで引き戻された。
「何?」
「旅行に行きたくはない?」