白を染める色③

文字数 1,135文字

 宴の開始の時にはあんなに賑やかだったのに、日付が変わった瞬間はしんと静まり返っていた。

 眠気に耐えきれなくなった子供達は、既に部屋に戻って布団の中で寝息を立てていたので、広間に残っているのは大人ばかりだった。

 除夜の鐘がこちらの世界にもあるのか侑子は知らなかったが、それらしき音も聞こえてこない。

 ただ人々は口をつぐんで僅かに目線を下げてじっとしている。

完全に瞼を落として、静かに唇を動かしている人もいた。声には出さず祈りの言葉を唱えているのかも知れない。

 午前零時を跨ぐ数分間、二柱の年神に祈りを捧げるのが、歳納と曙祝の祈りの儀だった。

誰か取り仕切りを行う者がいるわけではない。侑子も事前にアミから教えてもらった通り、周囲と同じ様に静かにその時を過ごした。


 侑子はこの一年のことを振り返っていた。
 一年前の大晦日は帰国した父も揃って、家族四人で過ごした。
毎年お決まりのテレビ番組を何となく見ながらスーパーで注文しておいたオードブルを囲み、家族団欒の時を楽しんだ。

 元旦は愛佳達と連れ立って初詣に出かけて、間もなく始まる中学校生活が荒波立たずに平和であることを必死に祈った。

 卒業式を終え、入学式当日に袖を通した新品のセーラー服のパリパリした質感に無駄に緊張を覚えたことを鮮明に思い出す。

 そんな制服も夏服に変わり、夏服の生地もすっかり柔らかくなった頃、この世界(パラレルワールド)にやってきたのだった。

――とても怖かった。もしかしたら自覚してないだけで、死んだのかと思った。もう戻れないと思うと、やっぱり悲しい。でも

 侑子はそっと隣を見た。

 そこには目を瞑っているユウキの横顔があった。長い睫毛が顔に影を作っている。

――ユウキちゃんに会えてよかった。ジロウさんにも、ノマさんにも、リリーさんにも。それから……

 この世界にやってきてから出会った人々の顔と名前を一人一人呼びながら、侑子は確信する。

――ここへ来たことを、絶望なんてしていない

ここでの出会いに後悔を感じることは一つもなかった。

 魔法のこと、世界のこと、ヒノクニのこと。

 分からないことはまだ沢山ある。

もしかしたらこれから先、打ちのめされる程辛い出来事もあるかもしれない。かつて自分と同じ世界からやってきた人々が辿ってしまった悲惨な運命が、自分の身に起こらない保証はどこにもないのだから。

 想像するだけで底知れない恐怖を感じたが、それでも侑子が漠然と大丈夫という言葉を信じられるのは、あの夢のおかげだ。

 ユウキと二人で共有してきた、あの美しい夢。

 あの半魚人と現実で出会うことが叶ったという、信じられない事実。それが魔法という奇跡を超えて自分の中に存在し続ける限り、侑子はどんな絶望に対しても、希望の光を絶やさない自信があった。
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