針と糸⑤

文字数 1,647文字

 数時間前。

「あ。ユウキ! 昨日サボったでしょう」

 教室に着くなり、数人の友人たちがユウキに気づいて近づいてくる。

「学校終わったら遊びにいこうって、約束してたじゃん!」

「いけなくなったって連絡しただろ」

「学校まで休むとは聞いてないよ」

 いつものメンバーだ。

 人当たりの良いユウキは友人が多かったが、その中でも特に気が合う男友達が二人と女友達が二人。四人ともユウキの幼馴染で、そのうちひとりは元恋人だった。
 先程から矢継ぎ早に言葉を投げてくるのはその元恋人、ミツキだった。

「ね、今日は遊べる? 学校も午前中で終わるし、皆でどっか行こうって話してたの」

 彼女との友人期間は長かったが、恋人として過ごした期間はとても短かった。裏表のない性格でいつも朗らかな人柄は信頼できたが、やはり恋人としては付き合えないと、別れを切り出したのは一年以上前のことだった。

 今も友人としての付き合いは続いている。しかしやたら身体に触ってきたりと、恋人関係だった頃の癖が彼女から抜けないのが、小さな悩みだった。

 ユウキは腕に巻き付いてくるミツキの腕を、やんわりと解いた。

「今日も駄目。用事がある」

「えー」

 不満そうな表情を隠さないミツキを手で遮ると、男友達二人が二人の間にさっと身体を滑り込ませてくれた。

「ほら、駄目だったろ。ユウキは忙しい奴なんだから」

「諦めろ諦めろ。ほら、あっち行ってな。男同士で話あるから。スズカ、頼める?」

 先程から心配そうに様子を伺っていた女子生徒が、スズカと名を呼ばれると大きくうなずいた。困り顔のまま、彼女はミツキをひっぱっていく。

「モテるのも大変だな」

 ニヤニヤとからかうような表情で、友人はユウキをつついてくる。翡翠色の髪が肩にかかる、優男だ。

「どうせもうすぐ卒業だ。今より自然と会う時間も減るさ」

 もうひとりの友人は、労うように肩を叩いた。こちらは濃紺のくせ毛だ。色はおとなしいが、くるくると畝る強いクセが、特徴的な頭のラインを描いている。

「フェードアウト狙うの? 無理無理。ミツキみたいなタイプは、そういうの効かないって。アオイは甘いなぁー」

 翡翠色の髪の言葉に、ユウキはため息をついた。

「ミツキのやつ、ユウキが十月卒業だって知ったら、死にものぐるいで単位取りに行ってたもんな……本当はのんびり来年卒業のつもりだったんだろう?」

 ユウキは再び大きくため息をつく。

 今はなるべく優先順位の低い悩みについて考えたくはなかったし、煩わしいことに巻き込まれたくなかった。考えるべきことを絞って、徹底的に集中したい。

 折角幸運が転がり込んできたのだ。
しかも確実な幸運だ。そしてその幸運を運んできた人物に対して、もっと時間を割きたいと思っていた。

「ミツキは結構かわいいけどさ、復縁は考えてないわけ?」

「ハルカ」

 翡翠色の髪にうんざりした顔を向けてユウキは黙らせる。

「考えてるわけないだろ」

「じゃあ新しい彼女は?」

 アオイが間髪入れずに質問する。その表情には面白がる色は見えず、真面目に訊いているということが分かった。

「ユウキに大切な人ができたら、さすがに諦めるって、ミツキ言ってたよ。横恋慕は性に合わないって」

「やっぱ諦めてないのかよ。で、どうなんだユウキ?」

 ユウキは上の空だった。
いつも定期的に繰り返されるこの話題。いつも大体同じ言葉を返し、同じような質問をされる。友人との時間は好きだったが、この話題にはうんざりしていた。どうせ結論を出しても出さなくても、生活に支障はない。その程度の問題でもあるのだ。

 早く教師が来ればいいのに。
抜き打ちテストだろうが構わない。
早く授業を終えて、リリーの家に向かいたかった。

――ユーコちゃん、魔法使えたのかな。

 今頃もうリリーのところへ着いているだろう。侑子の生み出す魔法は、どんな形をしているのだろうか。

あの澄み切った不思議な魔力が初めに色づくのは、何色だろう。

その色が自分にとって馴染み深い色だったらいいのに。
ユウキは夢の中の鱗を、思い浮かべていた。
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