49.駄目押し
文字数 2,417文字
割れるような喝采と拍手に包まれて、侑子は自分の息継ぎの音が聞こえなくなった。
思わずよろけそうになった彼女の手を、隣から伸びてきた手が握りしめる。更に後方から両肩に手を置かれ、反対側の手も別の人物に握られた。
ステージの上で、全員で横一列に並び、繋いだ手を大きく掲げる。
拍手の音が一層大きくなり、スポットライトの向こう側に、会場を埋め尽くす観客一人ひとりの顔が見えた。
耳が慣れてくると、侑子の名を呼ぶ声も喝采の中に含まれていることが聞き分けられる。
「ありがとう!」
マイクを通さない自分の声は、歓声の波の中にあっという間に飲まれて、大勢の声の一部となり、消える。
それでも音の断片と唇の形から、侑子の言葉は観客達に届いたのだろうか。
届いたのだという、根拠のない確信を得ながら、侑子はステージ奥へと引き下がった。
***
待機していたスタッフから、タオルを受け取る。流れ落ちる汗を歩きながら拭い、そのまま足を止めること無く、従業員出口へ向かった。控室は素通りである。
「お疲れ様」
「頑張ってね。後でホテルで」
「いってらっしゃい」
ショウジ、ミユキ、レイとは控室前で別れる。侑子とユウキ、アミの三人はそのまま外へ出て、停車していたワゴン車へと乗り込んだ。
「よし、来たか。すぐ出すよ」
運転席にアオイ。助手席にはザゼルが座っていた。
「お疲れさま。何か飲む?」
侑子が乗り込んだ席の隣には、紡久が座っていた。彼は足元のクーラーボックスから冷えた缶飲料を取り出すと、乗り込んできた三人に手渡した。
「ありがとう。冷たい飲み物、助かる」
「ああ、暑い。アオイ、ちょっと窓開けてくれ。汗が引かない」
エンジンがかかり、車が動き出した。
「予想はついてたけど、本当にハードスケジュールだな」
アオイはバックミラーから、後方の汗だくの三人を見て笑った。
「仕方ない。こうやってなるべくかたまっていたほうが、ユーコちゃんとツムグくんのリスクが減るのは確かなんだから」
こう返したのはアミで、その隣のユウキがタオルで髪を掻き上げながら、深く頷いている。
「侑子ちゃん、疲れは?」
紡久に訊ねられた侑子は、首を振った。
「大丈夫。むしろ今すごくテンション上がってるから、きっと魔力も上がってると思う。良い仕事が出来ると思うよ」
侑子の声は弾んでいて、ユウキが呼応するように笑った。
「楽しそうに歌ってたね。とても良い声が出てた」
「今日も最高だった。一緒に歌わせてくれて、ありがとう」
身につけている硝子の鱗が輝く衣装を、侑子は指先で撫でた。
先程のステージを思い出して、また歌い出したくなる。
「よし! じゃあユーコちゃんの気分が最高のまま、ロボット達のところへ急ごう」
時計の針は夜の遅い時刻を示していたが、研究所に昼夜は関係ないのだとアオイは語った。
ライブハウスでの今夜の演奏を終えた一行は、同じ市内に位置する大学へと向かっているのだ。
この港町のロボットへの、魔法の動力の付与を行うためだ。
──────***
伝書鳥が届けたヤチヨからの手紙を読んだ一同は、予定通りに港町での巡業と大学研究所への訪問を行うか否かで、一悶着したのだった。
侑子と紡久を敢えて危険に近づけるべきではないと主張したユウキに対して、ライブハウスと大学、宿泊予定のホテルのみの移動にとどめれば危険はないのではと反論するアオイの間で、一向に意見がまとまらなかったのだ。
『ヤチヨちゃんは、次の街に来るなとは書いてないわ。敢えて廃墟に近づくようなことをしなければ、大丈夫なんじゃない?』
『ユーコちゃんとツムグくんを、なるべく複数の中で移動させるようにしよう。少なくとも俺かミツキのどちらか一人――王府とすぐ連携が取れる立場の人間――がつくようにして。ユウキは常にユーコちゃんの側にいられるように調整しよう。それでどう?』
ミツキとアミのこの提案によって、ようやくユウキが納得したのだった。
その結果、侑子は港町滞在中の全てのステージに立つことになり、ライブ前後に市内近郊の研究施設を回ることになった。
ミツキかアミのどちらかが必ず同伴するのは、二人が王府職員で、特別な連絡手段を使うことが可能だったからだ。今も動くことのない、一般国民の透証とは別に、王府職員には職員間と王府中枢とを限定して繋ぐ透証が、支給されているのだ。
『万が一、おかしなことが起こったら――すぐに前線部隊を呼び出すことが出来る。おそらくその時は、ヤヒコくんたち、メムの民にも要請が行くだろう』
その説明と共に、アミは侑子と紡久に数枚の護符を手渡した。一時的に空間を歪ませ姿を隠すことができる護符と、居場所をアミに伝える護符だという。
『……こんな危険を冒してまで、本当にやらなきゃいけないことなのか?』
護符をバッグへしまう侑子を見ながら、ユウキは再び渋り始めた。
『……廃墟って、ユーコちゃんが二回目に向こうの世界からやってきた場所だろう。……あ の 遊園地』
共有した夢の舞台だった、あ の 遊 園 地 。
廃墟が二人にとって、また別の意味で特別であることは、他の誰も知らない。
森林公園での苦悶に満ちた彼の顔を思い出して、侑子の気持ちは怯んだ。しかし手の中のヤチヨの手紙を一瞥して、やはり言わずにはいられなかった。
『私は、やりたいと思ってる』
逆さ雪を目にすることはなかったし、天膜は見えない。
けれど自分の行っていることが、間違いではないと直感していた。
――たとえ本当は……何かの意思で動かされているだけだとしても。これは確実に、私がやりたいと思ってやっていることだ。歌うことも、ロボットに魔法をかけることも。これは私だけの本心
『お願い、ユウキちゃん。やらせて欲しい。あの場所には近づかないから』
ずるい、とユウキは言っても良かったのだ。侑子のダメ押しに、ユウキが異を唱えることなど出来ない。
そんなわけで、一行は本来の予定通りに港町にやってきていたのだ。
思わずよろけそうになった彼女の手を、隣から伸びてきた手が握りしめる。更に後方から両肩に手を置かれ、反対側の手も別の人物に握られた。
ステージの上で、全員で横一列に並び、繋いだ手を大きく掲げる。
拍手の音が一層大きくなり、スポットライトの向こう側に、会場を埋め尽くす観客一人ひとりの顔が見えた。
耳が慣れてくると、侑子の名を呼ぶ声も喝采の中に含まれていることが聞き分けられる。
「ありがとう!」
マイクを通さない自分の声は、歓声の波の中にあっという間に飲まれて、大勢の声の一部となり、消える。
それでも音の断片と唇の形から、侑子の言葉は観客達に届いたのだろうか。
届いたのだという、根拠のない確信を得ながら、侑子はステージ奥へと引き下がった。
***
待機していたスタッフから、タオルを受け取る。流れ落ちる汗を歩きながら拭い、そのまま足を止めること無く、従業員出口へ向かった。控室は素通りである。
「お疲れ様」
「頑張ってね。後でホテルで」
「いってらっしゃい」
ショウジ、ミユキ、レイとは控室前で別れる。侑子とユウキ、アミの三人はそのまま外へ出て、停車していたワゴン車へと乗り込んだ。
「よし、来たか。すぐ出すよ」
運転席にアオイ。助手席にはザゼルが座っていた。
「お疲れさま。何か飲む?」
侑子が乗り込んだ席の隣には、紡久が座っていた。彼は足元のクーラーボックスから冷えた缶飲料を取り出すと、乗り込んできた三人に手渡した。
「ありがとう。冷たい飲み物、助かる」
「ああ、暑い。アオイ、ちょっと窓開けてくれ。汗が引かない」
エンジンがかかり、車が動き出した。
「予想はついてたけど、本当にハードスケジュールだな」
アオイはバックミラーから、後方の汗だくの三人を見て笑った。
「仕方ない。こうやってなるべくかたまっていたほうが、ユーコちゃんとツムグくんのリスクが減るのは確かなんだから」
こう返したのはアミで、その隣のユウキがタオルで髪を掻き上げながら、深く頷いている。
「侑子ちゃん、疲れは?」
紡久に訊ねられた侑子は、首を振った。
「大丈夫。むしろ今すごくテンション上がってるから、きっと魔力も上がってると思う。良い仕事が出来ると思うよ」
侑子の声は弾んでいて、ユウキが呼応するように笑った。
「楽しそうに歌ってたね。とても良い声が出てた」
「今日も最高だった。一緒に歌わせてくれて、ありがとう」
身につけている硝子の鱗が輝く衣装を、侑子は指先で撫でた。
先程のステージを思い出して、また歌い出したくなる。
「よし! じゃあユーコちゃんの気分が最高のまま、ロボット達のところへ急ごう」
時計の針は夜の遅い時刻を示していたが、研究所に昼夜は関係ないのだとアオイは語った。
ライブハウスでの今夜の演奏を終えた一行は、同じ市内に位置する大学へと向かっているのだ。
この港町のロボットへの、魔法の動力の付与を行うためだ。
──────***
伝書鳥が届けたヤチヨからの手紙を読んだ一同は、予定通りに港町での巡業と大学研究所への訪問を行うか否かで、一悶着したのだった。
侑子と紡久を敢えて危険に近づけるべきではないと主張したユウキに対して、ライブハウスと大学、宿泊予定のホテルのみの移動にとどめれば危険はないのではと反論するアオイの間で、一向に意見がまとまらなかったのだ。
『ヤチヨちゃんは、次の街に来るなとは書いてないわ。敢えて廃墟に近づくようなことをしなければ、大丈夫なんじゃない?』
『ユーコちゃんとツムグくんを、なるべく複数の中で移動させるようにしよう。少なくとも俺かミツキのどちらか一人――王府とすぐ連携が取れる立場の人間――がつくようにして。ユウキは常にユーコちゃんの側にいられるように調整しよう。それでどう?』
ミツキとアミのこの提案によって、ようやくユウキが納得したのだった。
その結果、侑子は港町滞在中の全てのステージに立つことになり、ライブ前後に市内近郊の研究施設を回ることになった。
ミツキかアミのどちらかが必ず同伴するのは、二人が王府職員で、特別な連絡手段を使うことが可能だったからだ。今も動くことのない、一般国民の透証とは別に、王府職員には職員間と王府中枢とを限定して繋ぐ透証が、支給されているのだ。
『万が一、おかしなことが起こったら――すぐに前線部隊を呼び出すことが出来る。おそらくその時は、ヤヒコくんたち、メムの民にも要請が行くだろう』
その説明と共に、アミは侑子と紡久に数枚の護符を手渡した。一時的に空間を歪ませ姿を隠すことができる護符と、居場所をアミに伝える護符だという。
『……こんな危険を冒してまで、本当にやらなきゃいけないことなのか?』
護符をバッグへしまう侑子を見ながら、ユウキは再び渋り始めた。
『……廃墟って、ユーコちゃんが二回目に向こうの世界からやってきた場所だろう。……
共有した夢の舞台だった、
廃墟が二人にとって、また別の意味で特別であることは、他の誰も知らない。
森林公園での苦悶に満ちた彼の顔を思い出して、侑子の気持ちは怯んだ。しかし手の中のヤチヨの手紙を一瞥して、やはり言わずにはいられなかった。
『私は、やりたいと思ってる』
逆さ雪を目にすることはなかったし、天膜は見えない。
けれど自分の行っていることが、間違いではないと直感していた。
――たとえ本当は……何かの意思で動かされているだけだとしても。これは確実に、私がやりたいと思ってやっていることだ。歌うことも、ロボットに魔法をかけることも。これは私だけの本心
『お願い、ユウキちゃん。やらせて欲しい。あの場所には近づかないから』
ずるい、とユウキは言っても良かったのだ。侑子のダメ押しに、ユウキが異を唱えることなど出来ない。
そんなわけで、一行は本来の予定通りに港町にやってきていたのだ。