34.新しい朝
文字数 1,313文字
「これ解体したら、機械いじりの部品に使えないかな?」
ヤチヨが手渡されたのは、薄い板状の機械だった。
侑子が『スマホ』と呼んでいた、それのバッテリーが切れる前、彼女はヤチヨに操作して見せてくれたことがあった。中には写真だけでなく、音声つきの映像まで記録されていたので、大変驚いたものだ。
(解体?)
侑子の言葉に、ヤチヨは戸惑い気味に文字を返した。
「持っていても、こっちの世界では使わないから」
(充電なら、アオイが何とかしてくれるかも知れないよ)
現実的な見解のはずだ。
彼なら、この見慣れない異世界の機械でも、充電方法を編み出すことは可能だろう。
(大切な物じゃないの?)
ヤチヨの手にスマートフォンを握らせて、侑子は頷いた。
「本当にいいの。向こうの世界の写真なら、こっちの世界宛に手紙と一緒に送っていた物が沢山あるの。いつでも見せてくれるって、ユウキちゃんも言ってたから」
(並行世界への未練を、断ち切ろうとしてる?……そんなことは、無理にしなくてもいいと思う)
「そういうつもりではないんだけど。……そうなのかな。自分でもよく分からない。けど、これからも私には、必要ないと思ったんだ。ヤチヨちゃんの手でこっちの世界の別の物に作り替えてもらえたら、それが良いんじゃないかって」
侑子の顔に影がさす様子はなく、むしろ晴れ晴れとしているので、ヤチヨはタブレットに文字を書き込むのは止めておいた。
すぐに解体することはせず、しばらく預かっておくつもりでいようと考える。
分かった、の意味の頷きを返すと、侑子は「ありがとう」と微笑んだ。
「もうすぐアオイくんたち来るよ。ヤチヨちゃんは今日、アオイくんと研究室回るんだよね」
切り替わった話題に、ヤチヨは興奮気味に頷いた。
昨日アオイから、彼が携わっている機械開発の現場に連れて行ってやろうと、誘われていたのだ。
ヤチヨの趣味を聞いたアオイは、とても嬉しそうだった。彼女が自作したレコーダーの出来を絶賛して、しばらくの間二人にしか分からない専門用語が飛び交っていた。
「楽しみだね」
屈託なく笑うヤチヨは、小さな少女のようだった。
(ユウコは? 今日は何をするの?)
「ユウキちゃんとジロウさんと一緒に、変身館に行ってくるよ。リリーさん達とお昼食べたら、その後は部屋探しに行こうって、ユウキちゃんが」
言い終えた侑子は、少しだけ声を抑えて、付け加えた。
「この集合住宅は、満室だから。一緒に住む場所を探したいって」
頬が朱に染まる侑子に、ヤチヨはフフ、と声を立てた。その口から明瞭な音は出てこないが、喜びを表現する声は出せる。
(良かったね!)
心からの言葉だった。
ヤチヨの脳裏に、『二人の顛末を見届けてやろう』と言った、兄の言葉が蘇った。
――納まるべきところに、納まったんだ
正しい場所にセットされた、機械部品を連想した。
二人の再会から昨日までの間、側で見守ってきたヤチヨは、これ以外の正解はないだろうと確信を持っている。
――痣 は消えてる。“スマホ”も、きっと解体される。細かな部品となって、姿を変えて、この世界 で生まれ変わる
(楽しい一日を)
「ヤチヨちゃんもね」
二人は頷き合って、各々の新しい朝を始めた。
ヤチヨが手渡されたのは、薄い板状の機械だった。
侑子が『スマホ』と呼んでいた、それのバッテリーが切れる前、彼女はヤチヨに操作して見せてくれたことがあった。中には写真だけでなく、音声つきの映像まで記録されていたので、大変驚いたものだ。
(解体?)
侑子の言葉に、ヤチヨは戸惑い気味に文字を返した。
「持っていても、こっちの世界では使わないから」
(充電なら、アオイが何とかしてくれるかも知れないよ)
現実的な見解のはずだ。
彼なら、この見慣れない異世界の機械でも、充電方法を編み出すことは可能だろう。
(大切な物じゃないの?)
ヤチヨの手にスマートフォンを握らせて、侑子は頷いた。
「本当にいいの。向こうの世界の写真なら、こっちの世界宛に手紙と一緒に送っていた物が沢山あるの。いつでも見せてくれるって、ユウキちゃんも言ってたから」
(並行世界への未練を、断ち切ろうとしてる?……そんなことは、無理にしなくてもいいと思う)
「そういうつもりではないんだけど。……そうなのかな。自分でもよく分からない。けど、これからも私には、必要ないと思ったんだ。ヤチヨちゃんの手でこっちの世界の別の物に作り替えてもらえたら、それが良いんじゃないかって」
侑子の顔に影がさす様子はなく、むしろ晴れ晴れとしているので、ヤチヨはタブレットに文字を書き込むのは止めておいた。
すぐに解体することはせず、しばらく預かっておくつもりでいようと考える。
分かった、の意味の頷きを返すと、侑子は「ありがとう」と微笑んだ。
「もうすぐアオイくんたち来るよ。ヤチヨちゃんは今日、アオイくんと研究室回るんだよね」
切り替わった話題に、ヤチヨは興奮気味に頷いた。
昨日アオイから、彼が携わっている機械開発の現場に連れて行ってやろうと、誘われていたのだ。
ヤチヨの趣味を聞いたアオイは、とても嬉しそうだった。彼女が自作したレコーダーの出来を絶賛して、しばらくの間二人にしか分からない専門用語が飛び交っていた。
「楽しみだね」
屈託なく笑うヤチヨは、小さな少女のようだった。
(ユウコは? 今日は何をするの?)
「ユウキちゃんとジロウさんと一緒に、変身館に行ってくるよ。リリーさん達とお昼食べたら、その後は部屋探しに行こうって、ユウキちゃんが」
言い終えた侑子は、少しだけ声を抑えて、付け加えた。
「この集合住宅は、満室だから。一緒に住む場所を探したいって」
頬が朱に染まる侑子に、ヤチヨはフフ、と声を立てた。その口から明瞭な音は出てこないが、喜びを表現する声は出せる。
(良かったね!)
心からの言葉だった。
ヤチヨの脳裏に、『二人の顛末を見届けてやろう』と言った、兄の言葉が蘇った。
――納まるべきところに、納まったんだ
正しい場所にセットされた、機械部品を連想した。
二人の再会から昨日までの間、側で見守ってきたヤチヨは、これ以外の正解はないだろうと確信を持っている。
――
(楽しい一日を)
「ヤチヨちゃんもね」
二人は頷き合って、各々の新しい朝を始めた。