101.ただの人間

文字数 1,091文字

「どこかで聞いたことある気がするんだ」

 鳥を見送ったハルカが、上空を仰ぎ見たまま隣のミツキに言った。

「ミツキは覚えてない?」

「何のこと?」

「さっきの歌だよ」

「聞いたことないわ、あんな歌」

「歌っていうか、フレーズ? 歌詞? 掛け声みたいなの。入ってたじゃないか、意味はわからないけど」

「なんて言葉?」

 幼馴染の口から紡ぎ出された音を、呟きながら反芻する。ミツキはしばらく考え込んで、自信なさげに呟いた。

「……ユーコちゃんの手紙?」

「そう」

 ミツキはズボンのポケットからペンを取り出すと、手の甲にその言葉を書いた。

「書き起こすと、思い出すわね……そうだ」

 ミツキは記憶の引き出しを引っ張り開け、その中から思い当たった断片を取り出し始める。次第に細切れだった記憶がつなぎ合わされ、淡く頼りない像が脳内で結ばれていった。

「ユーコちゃんの手紙に、書いてあったんだ。いつだったっけ。ほら……確か写真を見ながら読んだのよ」

 侑子とユウキが奇妙な文通をしていたころの事だ。ユウキが彼女からの手紙や写真を見せてくれることは、よくあった。

「不思議なフレーズだったから、何となく印象に残ってたんだ」

 ハルカの記憶も、少しずつ具体的に蘇ってきたようだ。

「ユーコちゃんが体育祭で踊ったって書いてたの。そうよ、そう。踊ってる写真もあった。ツムグくんも踊ったことあるって言ってて、向こうでは結構定番なんだって話をしてたっけ……」

「学校行事で子どもたちが踊るような楽しい歌を、恐怖の兵器の鍵にしたのか? どこまでもふざけた野郎だな」

「待ってよ……並行世界の歌を、なぜミウネが知ってるの?」

 もう夏も近い。
木陰でじっとしていても、じんわりと汗が滲むはずなのに、ミツキは寒気を感じていた。

「ミウネ・ブンノウって、何者なの? 本当にただの人間?」

 天膜の存在を知り、触れることさえやってしまった。ヒノクニの摂理を変え、人類を消し去る手段を手に入れた人物。
 人知を超えてしまった存在を、果たして人間と呼べるのだろうか。

「ただの人間だよ」

 ミツキに答えたのは、ハルカではなかった。
振り向いた彼女に、ザゼルは言葉を続けた。

「化け物でも神でもない。ただの人間」

 滑空する鳥の姿が見えた。
今日も晴天だった。

「だから恐ろしい。この世で最も恐ろしいものは、神でも自然でもない。人間だ……確実にそこに存在するし、エゴを持って信念を持って、他者と関係を繋ぐことができる。面倒でも愛おしくても、逃げられないのだから」

 甲高い鳥の鳴き声が、響き渡った。
それは合図だった。

 大きく旋回した鳥が、何かを落下させたことが、ミツキ達からも確認できた。
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