90.擦る手

文字数 1,096文字

「あら、ありがとう」

 向かい合ったランの声が自分を飛び越えたので、ミネコは振り向いた。
 帳を片手で上げたヤチヨが一人、戸口に立っていた。

「お茶を持ってきてくれたの? ありがとう、ヤチヨちゃん」

 盆の上に湯気の立つ湯呑を二つ乗せて、ヤチヨは一つ頷くと、二人の元へ進んできた。

「ヤヒコから何か続報は届いた?」

 長の言葉に、ヤチヨはトレーごと机の上に置くと、すぐに首から提げたタブレットを手に取る。

(小型のロボットが、度々攻撃を仕掛けてくるらしい。大群ではないけれど、動きが読めずコントロールが良いから、とても厄介みたい)

「まあ……ロボット? それが例の兵器なの?」

 顔を曇らせたミネコの質問には、ヤチヨは首を振った。

(ユウコが伝えた兵器とは別物だと思う。あまりにも外見が違うから)

 ヤヒコやアミのいる前線には、時折小型ロボットが接近してくるようになっていた。三、四体が横一列に並んで行進してくるか、プロペラを回しながら上空から姿を見せる。攻撃方法は銃撃。打つ直前に催涙弾のようなものを投げてきて、此方の動きを封じるそうだ。外観は円柱形で、歩兵型には関節つきの脚がついているが頭部はない。無機質で音も鳴らず、アオイが設計してきたロボットとも全く雰囲気が違っていると、アミが伝えていた。

「ミウネ・ブンノウは、確かに天才かもしれないね。ロボットまで作れてしまうのか」

 呟いたランの顔が険しいので、ヤチヨは緊張したが、すぐにミネコに視線を移すと、笑顔を作った。

(大丈夫。アオイがロボットの回路を狂わす道具を思いついたって。ちょっと魔力も使うけど、量産できるから今頑張ってるところだって言ってたから。私もこれから手伝いに行くつもり)

「そう。アオイくん、すごいわね。最後に会った頃は、まだまだ子供だったのに」

 懐かしそうに目を細めたミネコの背を、ヤチヨは優しく撫でていた。彼女を匿いながら国中を移動していた頃、こんな風によく擦っていたものだ。こうするとミネコが嬉しそうに笑うし、自分の手も暖かくなるのが心地よかったのだ。

(全部終わったら、私がミネコを王都へ連れて行くよ)

 背中を擦る手は止めないまま、テーブルにタブレットを置いてその上に文字を書き込んだ。

(ソウイチロウとマサオも。アオイとハルカ、ミツキとユウキと……皆と一緒に帰ろう。サユリが待ってる)

「そうね。孫にも会わなきゃ! 子供はあっという間に大きくなっちゃうもの。抱っこして持ち上げられる大きさのうちに、会いに行かなくちゃね」

 影のないその笑顔に、ランも表情を緩めたのが分かった。ヤチヨは嬉しくなる。「ふふ」という笑い声が、彼女の口からこぼれ出た。
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