11.予知夢

文字数 1,265文字


――やはり同一人物なのか

 ほぼ確信を持ってしまった自分の心を誤魔化すように、侑子は緑の瞳を見つめる。

――だけど、やっぱりこんな瞳はしていなかった。だってあの魚には、私を見つめるような目は、ついていなかったじゃない

 そこまで心のなかで呟いて、あっと息を飲む。

 ユウキはたった今、言ったではないか。『夢の中ではよく見えない』と。芽生えてしまった確信に、抗おうとするほど、それは逆効果だった。

「…………同じ夢?」

 それはとても小さな呟きだったので、街の喧騒に紛れて、侑子の耳にまで届くことはなかった。

 未だに確信を受け入れがたかった侑子の胸の内を、ユウキは知らない。

彼の方はそんな彼女とは対照的に、積極的に確信に近づこうとしていた。
身体の内で興奮の小さなとろ火が、ゆらめきながら大きくなる。

「……すごいね」

 今度は確実に、侑子に届く声を出す。

「俺たちは夢の中で、既にかなり懇意にしていたらしい。夢の中で俺といつも遊んでくれていた人は、ユーコちゃん、君だったってことだろう?」

 ユウキは知っていた。

この現象――誰かと夢の中の記憶を共有すること――が、意味することを。

 しかしそれは、侑子に今伝えるべきではないと思った。
なので、黙っていることに決める。
そのためには、代わりの言葉で、彼女を納得させる必要があった。

「俺たちが見ていたのは、きっと予知夢さ」

 ユウキは意識して口角を高くげ、目を細めてみせる。

よく知っている。
自分のこの表情が、場を深刻にしたくないときに、大いに役立つということを。
軽薄にならない程度に、お調子者のする笑顔になるのだ。

「君と俺が出会う予知夢――――ねえ、そうとしか考えられなくない?」

 誤魔化している自覚はあるが、嘘ではない。

予知夢という言葉は、ちょうど良かった。

 侑子は目を見張っている。真剣に言葉を飲み込んでいるようだった。

「この世界では、まぁある事だよ。魔法と同じくらい素晴らしくて、身近で、神秘的な出来事」

 そう、これは珍しいことではないと刷り込むように、『魔法』という言葉を使った。

目の前の彼女にとって、魔法ほど“疑わしいが信じざるをえない"現象は、ないだろう。それは今までの侑子の言動を見ていれば分かった。

「予知夢……? よくあること、なの?」

「怖がるようなことじゃない。よくあることだ。この世界では」

 ユウキは最後の言葉を、意図的に、丁寧に発音してみた。
侑子は何らかの反応を示すだろうか。

 しかし困惑している表情はそのまま、彼女はただ小声で、復唱しただけだった。「よくあること……」と。

 納得させることができたのかは分からなかったが、そこから特に大きく様子が変わることはなかった。

 しばらくの沈黙の後、侑子が決意を滲ませる表情で、再びユウキへ顔を向けた。

「ここに来てから、信じられないことばかり起こる」

 秘密を打ち明けるように。
侑子の唇は、慎重に言葉を吟味しているようだった。

「ユウキちゃん……聞いてほしいことがある。多分信じてもらえないかもしれないけど……。それと、教えてほしいこともたくさんあるの」
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