11.色のない国
文字数 1,208文字
「無色の国……?」
あんなにも色とりどりの毛髪や、瞳、肌の色の人々で、溢れているのに。
ヒノクニという国に、無色とは反対の印象しか持っていなかった侑子は、その意外性に次の言葉が出てこなかった。
「この国には、対の法則が効いていない。世界の理から、外れている――――そういう風に見えるんだろうな。実際俺たちは目立たないように生きてきたし、外から見たら、魔力ありの人間しか住んでいない、不可解な国に映っただろう」
ヤヒコが語る間、ヤチヨは手に持ったタブレットに文字を書いていた。
(人口バランスが均衡でないにも関わらず、ヒノクニが長年安定を保てていたのは、何故だと思う?)
「天膜……?」
侑子の呟き声に、頷いたのは長老だった。
「半分正解」
「半分?」
「天膜は、他国とヒノクニを分断する物質。この国の国土と国民を、隈なく包み込んでいた」
過去形になっている語尾に、侑子は緊張を覚えた。天膜は破壊され続けている。
「天膜があったことで、ヒノクニは他国と同じ対の理に、影響されることがなかったの」
天秤の次にランが取り出したのは、紙風船だった。ふうーと息を吹き込んで丸くすると、吹き込み口を指の腹で塞いだ。
「風船の内側がヒノクニ。外側がそれ意外の国々だとしましょう。風船が天膜ね。天膜に穴一つ開いていない状態では、海外の空気――対の理――は通ることがない。天膜の中の空気だけで、ヒノクニはやっていくことができる。だけど」
吹き込み口を塞いでいた指を、ランはどけた。
「天膜に穴があいたら、その瞬間外の空気と中の空気は、混じり合う。……外の空気と、否応なく同化していく」
「外国と同じ対の理が、ヒノクニにも適用されるってことですか」
「その通り」
侑子の回答に、ランは僅かに微笑んだ。
「外の国の理とつながったことで、全世界合わせた均衡の中に、この国も組み込まれたってこと。だから突然魔力なしの子供が生まれるようになったし、それ以外の人々の魔力も、本来持っていた分よりも減ったり、枯渇するなんてことになった」
ランの手に力が加わったことで、彼女の手の中の紙風船が、くしゃりと形を歪めた。
しわくちゃになった風船を見つめながら、侑子は頭に浮かんだ、もう一つの疑問を口にした。
「どうしてヒノクニだけが、天膜を持つことが出来たんですか……?」
その問に対する答えは、なかなか返ってこない。
戸口からこちらを見ていた子供たち二人は、いつの間にか侑子のすぐ側で座り込んで、共にテーブルを囲んでいた。
彼らもまた、その答えを知っている様子ではなかった。
「いい? ユウコさん」
ようやく言葉を紡いだランは、ユウコの顔を至近距離で覗き込んだ。
「ここから先の話は、私も、私の前の長老も、先人の言葉を聞き継いできたに過ぎない。どこまでが史実で、どこからが創作か。分からない。だから鵜呑みにしてはいけないよ」
「分かりました」
よし、と頷いて、美しい長老は語りだしたのだった。
あんなにも色とりどりの毛髪や、瞳、肌の色の人々で、溢れているのに。
ヒノクニという国に、無色とは反対の印象しか持っていなかった侑子は、その意外性に次の言葉が出てこなかった。
「この国には、対の法則が効いていない。世界の理から、外れている――――そういう風に見えるんだろうな。実際俺たちは目立たないように生きてきたし、外から見たら、魔力ありの人間しか住んでいない、不可解な国に映っただろう」
ヤヒコが語る間、ヤチヨは手に持ったタブレットに文字を書いていた。
(人口バランスが均衡でないにも関わらず、ヒノクニが長年安定を保てていたのは、何故だと思う?)
「天膜……?」
侑子の呟き声に、頷いたのは長老だった。
「半分正解」
「半分?」
「天膜は、他国とヒノクニを分断する物質。この国の国土と国民を、隈なく包み込んでいた」
過去形になっている語尾に、侑子は緊張を覚えた。天膜は破壊され続けている。
「天膜があったことで、ヒノクニは他国と同じ対の理に、影響されることがなかったの」
天秤の次にランが取り出したのは、紙風船だった。ふうーと息を吹き込んで丸くすると、吹き込み口を指の腹で塞いだ。
「風船の内側がヒノクニ。外側がそれ意外の国々だとしましょう。風船が天膜ね。天膜に穴一つ開いていない状態では、海外の空気――対の理――は通ることがない。天膜の中の空気だけで、ヒノクニはやっていくことができる。だけど」
吹き込み口を塞いでいた指を、ランはどけた。
「天膜に穴があいたら、その瞬間外の空気と中の空気は、混じり合う。……外の空気と、否応なく同化していく」
「外国と同じ対の理が、ヒノクニにも適用されるってことですか」
「その通り」
侑子の回答に、ランは僅かに微笑んだ。
「外の国の理とつながったことで、全世界合わせた均衡の中に、この国も組み込まれたってこと。だから突然魔力なしの子供が生まれるようになったし、それ以外の人々の魔力も、本来持っていた分よりも減ったり、枯渇するなんてことになった」
ランの手に力が加わったことで、彼女の手の中の紙風船が、くしゃりと形を歪めた。
しわくちゃになった風船を見つめながら、侑子は頭に浮かんだ、もう一つの疑問を口にした。
「どうしてヒノクニだけが、天膜を持つことが出来たんですか……?」
その問に対する答えは、なかなか返ってこない。
戸口からこちらを見ていた子供たち二人は、いつの間にか侑子のすぐ側で座り込んで、共にテーブルを囲んでいた。
彼らもまた、その答えを知っている様子ではなかった。
「いい? ユウコさん」
ようやく言葉を紡いだランは、ユウコの顔を至近距離で覗き込んだ。
「ここから先の話は、私も、私の前の長老も、先人の言葉を聞き継いできたに過ぎない。どこまでが史実で、どこからが創作か。分からない。だから鵜呑みにしてはいけないよ」
「分かりました」
よし、と頷いて、美しい長老は語りだしたのだった。