重なる声⑤

文字数 951文字

 覚悟を決めろ。

ハルカに言われた言葉を反芻して、侑子はただ立っていた。

ホールの中を見渡せば、ユウキの姿はすぐに見つけられる。
今日ここに至るまでにユウキと交わした会話と、ギターの旋律、二つ重なった歌声が頭の中でこだました。

「ユーコちゃん」

 背後から声をかけられ、振り返るとジロウがいた。

いつもと変わらない気安い表情のままだ。彼はちっとも心配していないという風に、ニカっと笑って親指でステージを示している。

「そろそろスタンバイしときな。ユウキにも声かけとくから」

 頷いた侑子は、控室からステージへと続く通路へ移動しようとした。

そんな彼女をそうだ、と呼び止めたジロウが手招きする。

「人差し指をだしてみな」

 なんだろうと訝しみながらも、侑子はジロウの見本の通りに、利き手の人差し指を立てて天井を指すようにする。

よし、とうなずきながら、ジロウは自分の片手で侑子の人差し指をぎゅっと握りこむと、わざとらしいふざけた力み顔をつくり、これまたわざとらしい「ふぅぅーん」というおかしな唸り声を立てた。

何事だろうと思いながら、その様子がおかしくて笑い出した侑子を横目に、ジロウは握りこんでいた自分の手を上方へ抜いた。
「すぽっ」というオノマトペつきである。

侑子は声を上げて笑った。

「なんですか? 今の」

「今のはねぇ。おまじないさ」

 にかっとしたいつもの笑みのまま、ジロウは説明する。

「少し緊張が解けただろう? そういうおまじない」

 侑子ははっとして、ジロウを真っ直ぐ見つめた。

励ましてくれたのだと、そこで気がついた。

「ありがとう。ジロウさん」

「魔法じゃないよ。ただのおまじない。魔法ナシで頑張るつもりのユウキの横で、俺が魔法をかけたら意味がないからな」

 うん、と頷いた侑子は自然に笑顔になっている。

「その調子だ。ユーコちゃん、もう一つ良いおまじないを教えてあげよう。これはステージの上から試してみるといいよ。観客が自分の方へ向いたら、全てジャガイモだと思い込むんだ」

 それを聞いた侑子は、再び声を上げて笑った。

「それ知ってます。私の世界でも同じことをしますよ」

 新たに二つの世界の共通点を見つけた侑子は、早速やってみようと思ったのだった。

意識は既にステージへと向いている。

きっと大丈夫だ。

侑子はそちらへ向かって歩き始めた。 
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