45.梅仕事

文字数 990文字

 側村での謎の現象は謎のまま、日々は過ぎていった。

 その日は快晴で、起きぬけに窓の外を確認した侑子は小さく歓声を上げた。
 洗面を済ませて着替えたのは紺色の作務衣。髪は一つに纏めてしまう。首筋をくすぐる爽やかな朝の風に、自然と笑みがこぼれた。

 今日は梅仕事の日だ。

 庭の白梅が実らせた青い梅の実を、今日までの間に収穫してあった。
 ジロウの庭で収穫した梅の実の活用方法は全てが梅シロップなので、毎年梅の実の表面に毛がなくなり、まん丸の形に整ってきた頃合いを見て全て収穫してしまう。

 収穫作業に魔法は使われず、剪定ばさみを使って一個一個を枝から切り離していった。作業が面白くて夢中になったせいか、収穫はあっという間に終わってしまった。

 今日はそんな収穫済みの梅の実を、実際にシロップへと加工する日なのだ。
この作業のことを梅仕事と呼ぶのは、侑子も知っていた。元いた世界でも毎年行っていたからだ。

「ユーコちゃん手慣れてる」

 二人並んで竹串でヘタを取り除いていた。ユウキが隣で感心している。

「こんな風に毎年皆で集まってやってたんだよ。いとこの家で」

 侑子は思い出していた。賢一の家での恒例行事になっていた梅仕事の様子。庭先に大きなビニールシートを広げ、タライいっぱいに入れた梅を囲んで皆で作業するのだ。学校のこと、仕事のこと、他愛のない会話をしながら。ふざけあって笑ったりしながら。楽しい時間だった。

 今侑子のいる場所にはいとこ達の姿も、兄や叔父叔母の姿はなかったが、その代わりにユウキと彼の幼馴染三人、ジロウ、ノマと紡久がいた。

 共に梅の実を囲む人々は変わっても、侑子は去年と変わらず楽しい梅仕事の中に身を投じている。

不思議だ、と思う一方で安らぎを感じた。

「ユウキちゃんに初めて会った時に飲んだ梅ジュース、とっても美味しかったな」

 思えばあの日から、侑子のこの不思議な世界での生活は始まったのだった。

 驚異と恐怖で黒ずんだ心を、円やかな甘みで洗い流したあの味は忘れることはないだろう。その味は侑子にとって長年繰り返し味わってきた馴染み深い味と同じだったのだから尚更だ。

「あの時会った女の子と、まさかこんな風に一緒に梅仕事してるとはね。一年前の俺は想像もしてないだろうな」

 微笑むユウキも慣れた手付きで梅のヘタを取り除いていく。彼にとってもこの作業が慣れ親しんだものであることが伝わってきた。
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