歌声⑥

文字数 1,351文字

「そんな……」

 ショックで足が止まった。
 侑子は歪んだ口元を、きゅっと引き締めた。

「でもその当時の俺は、ただ単純に母を喜ばせられたことが嬉しくて、それ以外何も考えていなかった。疑問も持たずに、ただ言われた通り、青いスカートの人形の声で母と会話するようになった」

 ユウキも足を止めていた。二人で何もない道の片隅に立っていた。

「本当の自分の声が分からなくなるまで、“才”を使って女の子の声で生活していた。けど、“才”を使い続けると、当然魔力は消耗して底をつく。そうすると魔力が回復するまで、女の子の声が出せない。母はその間、ひどく不機嫌になった。口を聞いてくれないし、そういう時にしつこく話しかけると叩かれた」

 いつの間にかユウキの表情から笑顔は消えている。彼は言葉を切ると、侑子を見下ろして訊ねてきた。

「まだ話してもいい?」

 頷く侑子を確認してから、ユウキは再び歩を進めた。

「歩こう。……そんな俺たち親子を心配してくれていたのが、ジロウさんなんだ。ジロウさんが当時大家をしてたアパートに俺と母は住んでいて、母が俺に理不尽なことで怒っていると、いつも庇ってくれた。魔力が消耗しきって“才”が使えない時の俺の声を聞いて、『良い声を持ってるな』って褒めてくれた。母が留守にしている時、内緒で男の子の服を着せてくれたり、母が禁止していた男の子向けの絵本やおもちゃで、一緒に遊んでくれたりしてさ……あの時間、とっても楽しかったんだ。そして段々、自分が女の子じゃなくて、男の子だって自覚も芽生えてきた」

 黙々と歩いた。

 月が空に浮かんでいた。夏の夜のしっとりした空気が、身体にまとわりつく。

「スカートやワンピースを着ることに違和感を感じるようになって、長く伸ばした髪をリボンで飾ることを、恥ずかしく思うようになった。だけど母にそういうことを伝えると絶対に叱られるから、言わないように出来るだけ我慢してた。けれどある日、母が新しく買ってきた、女の子の下着を着るように言われた時、もう我慢できなくなった。“才”で声を変えることも忘れて、『着たくない。気持ち悪い』って、拒否したんだ」

 ジロウの屋敷の前まで来たところで、二人は一度足を止めたが、ユウキは侑子の手を引いた。屋敷を通り過ぎ、二人はまた歩き始める。

「顔をひっぱたかれて、『その声をだすな! 私に息子はいない!』って怒鳴られた。よく同じようなことは言われていたけど、あの日はそんな言葉に我慢できなくて、裸のまま家を飛び出した。それでそのまま、ジロウさん家に逃げ込んだ。ジロウさん、すごくびっくりしてたな。けどすぐに大丈夫、大丈夫って。男の子の下着に男の子の服を着せて、抱きしめてくれたんだ。いつ俺が来てもいいように、ちゃんと用意してくれてたんだ。俺が気に入ってた、ヒーロー物のキャラクターがプリントしてあるやつ。すごく嬉しくて、ずっとここにいる。ここにいたいって、大泣きしながら駄々をこねた」

 そこまで話して、再びユウキの表情に笑顔が戻った。緑色の瞳は穏やかに光り、侑子を優しく見下ろしてくる。

「それから俺は、正式にジロウさんの家で引き取られることになった。母はこの街から出ていって、今は新しく家庭を持ってるって話は聞いたけど、詳しくはどうしているのか分からない」
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