24.昔の歌

文字数 1,243文字

 ホールを照らしていた照明の光量が落ち、歓談していた人々の声が静まっていく。

完全な暗転と静寂ではない。

侑子は息を殺すようにして、ユウキに続いてステージに足を踏み入れた。

人々の視線がステージに注がれるのが分かった。

殆どの人がまず初めにユウキを確認したようだ。そして彼の隣に立った侑子に、視線が移動したのだろう。

「あの子誰だろう?」

 という声が聞こえて、侑子の心拍数は跳ね上がった。

定位置について前を向くと、先程のジロウとの会話の通りに、ジャガイモジャガイモと唱える。

 フロアの天井から吊るされていた前明かりのスポットライトの光量が上がり、観客の表情が見えにくくなった。侑子にとっては嬉しい効果だが、一方で観客側からは自分の姿が更によく見える状態になったというところまでは、意識が回らなかった。
幸いだっただろう。

 司会の「余興の時間ですよー」と告げる声が聞こえて、ギターを構えたユウキが片手を上げて、ホールに散らばる人々の注目を集め始める。

「皆、卒業おめでとう。楽しい余興の先陣を切らせていただきます」

 今日の観客は彼の同級生と恩師達だったが、噴水広場で曲芸をする時によく聞いていた、よそ行きの言い回しをユウキは使った。

横並びだったので表情は見えなかったが、その口調から彼があの営業スマイルを浮かべているのが、侑子には分かった。

 ホールから歓声と拍手が巻き起こる。

大多数が先程まで学生だった若者たちなので、その声は若々しい。酒が入っているせいか、浮足立ったように陽気な色がかなり濃かった。

侑子はその勢いと大きさに少しだけ気押されたが、既にこれだけの高揚感が出来上がっているのならば、きっと自分の歌声も受け入れてもらえるはずだという、前向きな思考にすぐに切り替える。

そうすることが出来るようになったのは、これまでの練習の成果としか言えない。

 侑子はジャガイモジャガイモと唱えるのを忘れて、前を見据え始めた。
照明の明るさに慣れてきて、ホールからこちらを見ている人々の表情を、確認できるようになっていた。

ジロウとハルカが並んで手を振っている。

ミツキとスズカ、アオイの姿も確認できた。この三人は侑子が今この場所になぜ立っているのか事情を知らないので、予想通りの驚き顔である。

ホールを一通り見回すと、顔見知りの歌歌い達や、ミュージシャンたちの姿も見える。ジロウが時間に空きのある人を手伝いに駆出していたのだろう。彼らはミツキ達と同じように驚いているようだったが、すぐに侑子の名を呼んで手を振ってくれた。

侑子は自分が緊張のあまり、すっかり周りを見ることができなくなっていたのだと、この時になってようやく理解したのだった。
そしてステージでスポットライトを浴びている今のほうが、心が落ち着いていくのを、不思議に感じていた。

 聞き慣れたギターの音がした。

一番初めの音曲が始まる。侑子は一瞬だけ、隣に顔を向けた。同じタイミングで此方を向いたユウキの視線とぶつかり、お互い僅かに頷いた後、すうっと息を吸い込んだ。
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