70.毒

文字数 1,534文字

 ドアが閉まって、外側から施錠された音が、二人の耳に届いた。無感情な音だった。

「……何を考えているんだ、あいつら」

 紡久が呻くように呟いた。
侑子はようやく顔を上げ、脱力したように、ベッドに腰を降ろした。

「紡久くん、分かったよ」

 声が大きく揺れる。侑子は泣いていた。

「さっきあの人から聞いた。ちえみさんが死んだ理由が分かったよ」

「ちえみさん……」

「写真に写ってたちえみさん、こんな髪の色してたでしょ?」

 紡久を見上げた侑子は、桜色の自分の髪を手櫛で梳かしながら、弱く笑った。

「あの怪しい“栄養剤”。やっぱりあれが、原因だったんだよ」

 侑子は少し前の出来事を、紡久に話し始めた。




***



 二体の兵器に動力を与えることを、侑子は拒否した。兵器の完成に加担する気などない。
そう告げた侑子に、ブンノウは薄く笑っただけで済ました。

『まあ、そのうち心変わりするでしょう』

 少しの疑いも持たない声だった。
ブンノウは最後に侑子の肩に手を置くと、

『日に一度、彼らと過ごす時間を作りましょうね。あなたはきっと、動かしたくなるはずだ』

 と笑った。

 そしてシグラと共に、その部屋を退出するよう告げたのだった。

 

 廊下を進みながら、侑子は紡久もこの場所へ来ていることを知らされた。
 
 紡久はひたすら無属性の魔石の生産をさせられている。魔力が枯渇すると、正彦たちがかつて飲んでいた栄養剤を提供されていると。

『今から会わせてあげる。しばらくあなたたち二人は、ここで過ごしてもらうから……彼には魔石を生産してもらうけど、あなたには頼まない。あなたの魔力は、才のために消耗させてはいけないから。知ってるでしょ? 魔石作りは魔力を大量消費する……才を持つ者には、あの栄養剤は毒となるの。あなたを死なせるわけにはいかない』

『毒?』 

 シグラの言葉で、侑子はちえみの死の真相を知ることになった。

『ちえみさんは、才を持っていたの? だから……』

『チエミ?』

『知ってるでしょう? あなた達の研究所で昔働いていた、来訪者の女性。越生ちえみさんだよ』

 侑子は咄嗟に、写真で見たちえみと同じ、桜色に自分の髪を染めた。
両手で根本からすくい上げた長髪は、あっという間に変色した。柔らかい艶のある、春の色だった。

『ほら、こんな色の髪をした女性がいたでしょう?』

『ああ……』

 シグラは無感情な反応のまま頷いた。

『いたわね。そう、彼女の死がきっかけだった。栄養剤の予想外の副反応が判明したのは。才を持つ来訪者にとっては、効果が強く出すぎて、身体に負担がかかりすぎることが分かった。つまり毒となる。改善は難しかった。だから栄養剤は、ユーコ、あなたにとっても毒となる』

 歩みは止まらない。
動揺した侑子の足音は乱れたが、シグラのものは一定のままだった。

『飲まないようにね。すぐには死なないだろうけど、確実に寿命は縮まるわよ』

 軽い口調でそう言い放ったシグラに、侑子は怒りが込み上げた。

『ちえみさんが死んだこと、後を追って正彦さんが自殺したこと、全部知っていたんでしょう? 何とも思ってないの?』

『別に何とも思ってないわけではない。チエミの死は我々にとって無駄ではなかった。栄養剤の副反応を知るきっかけを残してくれた。これはとても大きな功績よ。彼女のね。ああ、でも……後追い自殺した彼女の夫については、よくも無駄にしてくれたと腹が立ったわ』

『無駄?』

『来訪者は稀有なの。貴重な一人分の無属性の魔力の源が、自ら命を断ってしまうなんて。なんて愚かなことを。彼はただ我々に損失を残しただけだったもの』

『よくそんな事を……』

『……その髪色、似合ってる。そのままにしておいたらどう? 来訪者たちは皆黒髪ばかりね。面白みがないと、昔から思っていたのよ』
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