八千代②

文字数 2,243文字

 侑子の話が終わった後、ヤチヨは自身のことについて語り始めた。もちろん筆談である。

それによって侑子が得た情報とは、以下のことだ。


・ヤチヨは侑子と同い年(中学生くらいだろうと考えていた侑子には、かなりの驚きだった。)

・ヤチヨはメム人という少数民族。彼女達はヒノクニの山間部を、いくつかの小隊に分かれて、移動しながら暮らしている

・ヒノクニは今、度重なる大きな災害によって国土が荒れている

・メム人達はその原因をおおよそ突き止めている

・これ以上の国の混乱を止めるため、三種の神器の一つを操ることができる人物(カギの守役)に協力を仰ぎ、来訪者たちを呼び出そうと画策していた

・カギの守役は国の混乱を招いた団体から狙われているため、メム人達の庇護下にいる

・遂に来訪者を呼び出すための準備が整ったため、先程の廃墟を呼び出す場所に定め、来訪者がやってくるのを待っていた



「それでやってきたのが、私だったってこと?」

 情報を整理する侑子の言葉に、ヤチヨが頷いている。

(来訪者としてあなたがやってくることまでは、誰も知らなかった。一度この世界から元の世界に戻った人がいたことも、その人が再びやってくることも……私は聞いたことがない。きっと他の誰もが、そうだと思う)

「そんなに珍しいことなんだ」

 うんうん、と大きく頷くヤチヨは、驚異的なスピードで文字を書いていく。筆談が日常の動作なのだろう。

(並行世界の壁を超えて文通するだなんて話も、聞いたことがない)

 約四年続いたユウキとの文通の話を、ヤチヨは神妙な顔で聞いていた。

屋根裏で交わされていた、不思議な文通。

侑子の心を支え続けた、大切な交信だった。

(ユウキちゃんのこと、心配?)

 画面に記された名を見て、侑子がぎゅっと胸が切なくなるのを感じた。

「会いたい」

 ポロリとこぼれ落ちるように発せられた一言と一緒に、侑子の目から涙が滑り落ちていた。

 文通が止まってから諦めていた想いは、既に息を吹き返し始めていた。
同じ世界に立っているのだと理解してしまったら、もう気持ちに歯止めをかけるのは無理だった。

「ねえ、どうして透証は動かないの? 国が混乱してるって、どういうことなの? 二年前より酷い状況なの?」

 矢継ぎ早の質問になってしまったが、ヤチヨは不愉快な顔をすることなく、侑子の疑問に丁寧に答えてくれた。

(透証に宿る王の神力が、足りなくなっている。王は今、神力を使いすぎている。透証よりも優先すべきこと――直接国を守ることに、注ぎ込んでいるから)

「直接国を守ること?」

(ユウコは、天膜という単語を知ってる?)

 質問を返されて、侑子は首を振る。聞いたことのない言葉だった。

(国と国民を守る為に、王の神力と来訪者達の魔力で形成される、とても神秘的な物質。魔法のバリアみたいなもの。それが天膜)

「来訪者たちの、魔力……? 無属性の魔力のこと?」

 ヤチヨはゆっくり頷いた。

(この国の安寧に、来訪者たちは欠かせない存在。古く昔から、ずっとそうだった)

 侑子は、はっとした。

アミから聞いた、『逆さ雪』の伝承。来訪者が魔法を使った時に稀に見られるという、天に昇る白い光の粒。

――もしかしたらあの伝承は、天膜について伝えていた話だった?

 点と点が繋がった気がして、侑子は思わずヤチヨを見つめた。ヤチヨの黒い瞳も、此方を見ていた。

(ヒノクニを守る天膜。それが数年前から、人為的に壊されるようになった。何者かの手によって天膜が奪われている)

 侑子の返事を待たずに、ヤチヨは続きを書いた。

(国土を守る天膜が破られたら、自然災害と他国からの干渉を防げない。地震、長雨、危険な規模の火山噴火が頻発する。国民を守る天膜が破られたら、疫病からその国民を守れなくなる。生命の危機に及ぶ疫病に、罹患してしまう)

「そんな」

 画面に並ぶ文字に、青ざめた侑子が咄嗟に出せたのは、その三音だけだった。

――ヒノクニで地震が起こるようになったのは、三年前

「三年前から、天膜は破壊されてたってこと? 地震が起こるようになったのは、確か三年前だった」

 ヤチヨは頷いた。

(災害の規模や強さが、どんどん大きくなってる。天膜は王の目にしか見えない物だから、私達には確認することはできないけれど……おそらくかなりの面積の天膜が、既に壊されている)

「王の神力が透証にまで回らなくなってるって、言ってたよね。それは王が神力を使って、天膜を再生しようとしてるってこと?」

 侑子が腕の透証に触れながら質問した。

(おそらく王は、壊れた天膜を補修し続けてる。でも、王の神力だけで天膜は作れない。来訪者の魔力が必要)

 侑子に縋るような目を向けてきたヤチヨは、視線を外すことなく、続きを書いた。

(来訪者は少し前まで、ユウコ、あなたがついさっきやってくるまで、この国には一人しかいなかった)

「紡久くんのこと?」

 ヤチヨはうんうん、と強く頷いた。声にはならないが、唇も動いていた。

(彼一人分の魔力だけでは、補いきれない。間に合わない。破壊のスピードの方が、上回ってる)

「だから私が呼ばれたの?」

 ヤチヨは、タブレットをテーブル代わりに使っていた切り株に置いた。自由になった両手で、ユウコの手を優しく握り込む。

 真っ直ぐに見つめられた。
真剣な瞳だった。

ぎゅっと一度だけ強く力を込めると、ヤチヨの手は離れていく。

再びタブレットとペンを取った彼女は、丁寧な手付きで文字を綴った。

書き終えた画面には、太い文字で、こう書かれていた。

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