16.〚過去の話〛三十年前の出会い

文字数 509文字

 シグラはごく普通の家庭に生まれ育った。

 両親は共に教師で、物心ついた頃から沢山の本に囲まれた環境に身を置いていた。

 いつでも手の届くところに本があったし、両親は彼女との会話を楽しんでくれる大人だった。

疑問に感じたことはいつだって誰かが答えを教えてくれた。
自力で調べる手段も常に近くにあった。

 シグラの知識欲は常に満たされていたのだ。

 ただ一つの事を除けば。



 周りから完全に孤立している。

 気づくのが遅かったのは、夢中になると周囲が見えなくなってしまう、彼女の悪い癖が原因だった。


 透明な膜。
 あらゆるところに存在している膜。
 私達の身体さえ覆い包んでいる膜。
 私達の安全を守ってくれている膜。


 その存在を教えてあげただけだ。
そのつもりだった。純粋に親切心だったのだ。そのありがたみを、誰かと共有したかっただけなのだ。

 なのにいつの間にか、頭のおかしい女として認識されてしまっていた。

 ただ挨拶をしようとしただけでも、同僚達から避けられるようになってしまった。

 流石に居心地の悪さを感じるようになって、転職の二文字が頭をよぎるようになった頃。

「僕はあなたの話を信じますよ」


 そんな風に声を掛けてきた人間がいたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み