激情②

文字数 1,664文字

「あの時、どんな気分だったの? 魔力が枯渇したって気づいた瞬間。これまで無意識に使ってきた才が、使えないって分かった瞬間。絶望? 恐怖? 人の感情が突然読めなくなるって、どんな感じなの? 全てに対して、疑心暗鬼になるのかなあ?」

「やめて」

「怒ってるね」

「当たり前でしょう」

「俺は激しい感情が好きなんだ。喜怒哀楽、どれもそれぞれ魅力的な感情だけど、激しければ激しいほど好きだ。いっそ振り切って狂ってる方が、美しい」

 そう言って笑ったザゼルの瞳には、興奮の炎が灯っていた。ゆらゆらと艶めかしく揺れるその炎は、薄気味悪く不愉快にも思えるのに、不思議とミツキは目が離せないのだった。

「周りの人間の中で、君が一番魅力的だった。激しい感情を持ってる。……アオイも中々だけど、奴は前向きすぎる。喜が強すぎてつまらない。ハルカはそこまで激しくないし、ツムグはおとなしすぎる。スズカはいい子すぎる。リリーは良い素質持ってたけど、母親ってのはそれだけで論外なんだ。ユウキも内部は相当激しいけど、あいつは抑えるのがうますぎる。つまらない」

「あんた……何者なの」

「ただの研究員だよ。よく知ってるでしょ。ねえ、才が使えなくなってからも王府で働き続けるのって、どんな気持ちだったの? 教えてよ。予想はつくけど、確実な答えが欲しい……俺の予想はね、『劣等感が八、自尊心が一、義務感が一』ってかんじ。どう? 合ってる?」

「やめてよ」

「劣等感まみれのところにユーコちゃんが帰ってきて、彼女の方は枯渇知らずの魔力でどんどん奇蹟を起こしていく。皆から感謝され、大好きなユウキからは愛されて、王でさえ彼女に期待を寄せている――――これでこれっぽっちも不愉快に思わないなんて、そこまで君は聖人君主じゃないよね?」

「やめて」

「さっきライブハウスでユウキとユーコちゃんを引き離したとき、ちょっとは爽快感があったんじゃない?」

「そんなことない!」

「そう? 俺の見立てより、ミツキは善人なのかなぁ。けど、これだけは確実だと信じてるよ」

 恐怖でミツキの唇は乾いていた。いつの間にか閉じることすら忘れて、少しでも多くの酸素を求めて口呼吸していたのだ。

「不公平を感じただろう?」

 此方に真っ直ぐ向いていたザゼルの顔が、横に傾いた。

ミツキは自分の右手がジンジンと痺れるのを自覚して、彼の横っ面を思い切り叩いたのだと気づく。

 揺れるザゼルの髪色は、ユウキとよく似ていた。
髪の間から覗く耳朶に、金のピアスが光っていた。

「――――ほら、激しい。君のそういう激しさが好きだよ。それに結構単純なんだ。そんなところも、俺好みだね」

 拳を握りしめた矢先に、手首を捕まえられる。
骨ばった指が食い込み、痛みを感じる。表情は変わらないのに、物凄く強い力だった。

「感謝してるよ。もう少し一緒にいたかったけど、我慢する。ミツキ、君を失うのは忍びないから、良いこと教えてあげる」

 ぐいっと引き寄せられて、顔と顔が近づいた。鼻先が触れるほどの近距離に、ミツキの心臓が音を立てて跳ねたが、それは甘い類のものではない。空恐ろしい不気味から奏でられる、不快な音を伴ったものである。

「俺に同行しようなんて、考えるなよ? そんな暇あったら、真っ先にホテルに戻って、ハルカとアオイを連れて逃げるんだ」

「は……? 逃げる?」

「ツムグの近くにいれば、生存確率上がるかもね」

「何を言ってるの」

「彼は今ライブハウスだろ? だったらそこに行けばいい」

「ねえ」

「はは。その声いいね。怯えてるんだ? ゾクゾクする」

 尻もちをついた。
強い力で引き寄せられたと思ったら、今度は反対に突き飛ばされたのだ。

 混乱した頭で振り仰げば、ザゼルは背を向けていた。

「幸運を祈るよ」

 追いかけるべきなのに、ミツキの足は地面に接着されたように動かなかった。
魔法なのか、ミツキ自身の意識の問題なのかは、遂に分からずじまいだった。

ザゼルの姿がすっかり見えなくなってから、ようやく自由になった足で立ち上がると、ミツキは侑子の待つ駐車場とは反対方向へと走ったのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み