64.二体

文字数 872文字

 球体のロボットが、無機質な廊下を転がっていく。
時折転がりを止めて、侑子の足が追いつくのを待つ。その間白いランプかチカチカと点滅していた。

階段ではどんな動きをするのだろうと、侑子は気になっていたが、目的の部屋は同じフロアに位置していたようだ。
何度か角を曲がって分岐を超えた先、一つのドアの前で、ロボットは動きを止めた。

 それまで白色にしか光らなかった場所が、赤く点滅し始める。
程なくして、ドアの鍵が解錠された音が聞こえた。

「お入りなさい」

 初めて耳にする声だった。柔和な男の声だ。

厳しいものは感じ取れなかったのに、侑子の全身に緊張が走った。

直感だろうか。

 警戒せよと、誰かに耳打ちされた気がした。

「どうぞ」

 促すその声に引き寄せられるように、侑子の足が前へと進んだ。




***




「はじめまして」

――喪服みたい

 黒のスーツ姿の男に、侑子が抱いた第一印象だった。
不吉を感じて、唇を軽く噛んだ。

「私のことは、既にご存知でしょうか」

 スカイブルーの瞳に輝きはない。極限まで澄み切った、深い湖のようだ。生き物が住めない程に純粋で、湖底まで目視できるほどに澄んでいる。
無機質な美だった。

「……ミウネ・ブンノウ」

「その通り」

 浮かべた微笑は無邪気で、顔に刻まれた皺や細い長躯と不釣り合い過ぎる。そのちぐはぐさに、形容し難い不気味さを感じ、侑子は固まった。

「怯えてますね」

「無理もないわ」

 その声と共に侑子の傍らに近づいたのは、シグラだった。
侑子の背を軽く押して、前へ進むように促す。

「ザゼルが脅かしたのでしょうか」

「さあ。初日以来避けられているようだとは聞いたけど」

「無理もないですね」

 部屋の真ん中に、侑子は立った。

 さほど広くはない。
入り口から今の立ち位置へ移動する数歩の間、部屋の全容が目に入った。

 部屋の中央で、大きな透明な壁によって二分割されていた。
壁は硝子なのかアクリルのようなものか分からなかったが、綺麗に磨き上げられているようだ。一点の曇も見えない。
 侑子たちがいるのとは反対側には、作業台のような台がひとつあるだけで、他には何も見当たらなかった。
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